読む毒

イヌ

2020年9月7日 塩

ふと人と話したくなった。出かけた場所のこと,生活のこと,天気のこと,自分の変化のこと,なんでもいい。

そういうときはツイキャスで誰も返事をしてくれない独り言をするだけでも自分は満足できてしまう(省エネな性格ですね)のだけれど,ツイキャスをしない・自撮りをしないという誓いを立てているので(立てていませんが)代わりに日記を書き始めた。自分は話をできるほど信じられる人がいないので,日記,ツイート,なんらかの適当な形で独り言をするしかないのだと思う。といっても自分は会話を諦めているのではなくそれを望んでいるから,Twitterをしていることが多い。Twitterは各々の独り言をコミュニケーションに近い形に変換する機能だから,そういうわけで自分はTwitterから一生離れられないと思っていた。最近はそうでもない気がしてきている。

 

最近はソシャゲをしている。ソシャゲの何がソーシャルなのかまだ知らない。ソシャゲには『ガチャ』というシステムがあって,これによって日本の若者は目当てのJPEGとボイスデータに月給の何パーセントかを課金する。目当てのJPEGが当たると若者はTwitterで報告をするので,そういう意味でソーシャルなのだと自分は思っている。この推理が正しいのかまだ分からないが,真実はいずれ知ることになるだろう。

スマホゲーは音ゲー(CytusとDeemo)と荒野行動にはまっていた時期があったが,ゲームをそんなに続けられる性格でもないのでスマホゲームはしばらくやっていなかった。ソシャゲを始めたのは,春休みと流行りの病の影響で2ヶ月ほど仕事がなくなっていたときに『ツイステッドワンダーランド』の広告を見てやってみたというのが始まりだった。𝑻𝒘𝒊𝒔𝒕𝒆𝒅-𝑾𝒐𝒏𝒅𝒆𝒓𝒍𝒂𝒏𝒅 をやったところで先月くらいにまた別タイトルの広告を見て(フォロワーがハマってたのもあるが)『魔法使いの約束』をやっている。物事を比較することが嫌いなので比較するために書いているのではないが簡単に所感を書く。ツイステは章ごとにキャラクターの内面に関係する問題提起とその決着が行われる。問題の可視化にはオーバーブロットという設定がいい感じに活躍する。お約束の展開のようなものができていてわかりやすいと思う。

まほやくは純粋にコンテンツの提供量が多くて嬉しい。あと話が生々しくて自分好みな気がする。シナリオや会話劇が純粋に楽しい。育成の仕組みは複雑なのでまだわかっておらず勘でやっている。個々のキャラクターと親睦を深めているような体験ができて楽しい。メインストーリーは15章まで進めて,今のところ何も世界や人物の問題が進展した感じがしない。というか我々がキャラクターにゲームで提供されている機能を通して作用しても,そのときに特別な返事がもらえるだけで,彼らや世界に変化を与えられる気がしない。サザエさん時空のように,その場その場では問題や解決が起こり,信頼が深まるような終わり方をするが,その事件の以前とそれ以後で本質的な変化はなく,永遠にキャラクターの刺激的な言葉を聞く時間を自分がこれから過ごしてしまうような想像をしてしまう。ゲーム内での自分の存在感というのは,こちらとゲームとの間に壁がある以上もっとも最初に諦めることなので(前もこんなことを考えていた気がする。『ALTER EGO』をやったときかな。あのゲームはそういう内容だった),諦めるとして,キャラ同士の問題の決着はどんどん見ていきたいと望んでしまうが,こういうことを考えてしまうのは勇み足気味だろうか。彼らが引き起こす問題を(自分にとっては)長い時間をかけてまま見守っているべきだろうか。今から自分がメインストーリーを進めたらわかるだろうか。まだ誕生から長い歴史を持たないゲームコンテンツなので,みんなが信じているように話が進むことを自分も信じて穏やかに供給を待っているべきだろうか。というか,それしか道がないので,そうするしかなかったな...

 

川崎の新設水族館(カワスイ)で魚を見た。イグアナやアルマジロを見た。アルマジロはネズミやブタの印象に似ていて哺乳類らしい感じがした。イグアナはずっと寝ていて,触ったらむにむにしていそうだった。まだ大きくないピラルクがいて,カワスイが数十年の歴史を持つ水族館になったときこのピラルクがまだ生きていたらとても大きくなるのだろうと思った。カワスイは淡水生物がメインに展示されていて,アクアリウムブーム世代の成金みたいな太ったおじさんが水槽ごとに近くにいる若い女性に絡むようにはしゃいでいて,魚の萌えポイントを友達に話したかったが蘊蓄を開始した瞬間にこのおじさんと同じ土俵に上がることになるなと思った。

 

自分の誕生日に母親と会った。母親にタイの特殊な形式の食事をご馳走してもらった。母親はタイ人で,その辺で行われているタイ仏教的な儀式に自分が同行した。儀式の後は捧げ物である食事をみんなで食べる。その日は徹夜明けだったので,儀式の時間は眠らない程度の動作が求められつつぼーっとできて,よかった。食事にはそこにティラピアという魚があった。ティラピアはタイで一般的な食用魚で,かつてタイで食糧難があった頃に今の上皇が食用としての導入を提案した歴史がある。カワスイでも見た魚だったので,こんな形で再会するとは,と思った。

みんなは知らないかもしれないけど自分の母親はタイ人と言われている。そのことについて保守的な日本人である祖母からはとても恥ずかしいことだと小学生の頃は毎日言われていたので自分も子供の頃はなんとなくそう思っていた。地元には外国人は少なくないので,それが珍しいとも特別なことだとも思わなかったが,母親について他人に積極的に語ってはならないと思っていた。というか家庭内でそういう空気感を祖母が積極的に作っていた。今は祖母は歳をとったので家庭内でのそういう働きも衰えたし,そもそももう家庭らしい場は存在していない。自分は歳をとってそういうことへの気持ちが何もなくなったので,事実として語ることが出来るようになったが,やはり何も思う所はない。

 

夏が始まる前にキュウリの苗を二つ買った。キュウリの苗は売り場にある一番高いやつ(SSR)と一番安いやつ(R)を買ったが,SSRはキュウリをたくさん作ってくれるのに対してRはそうでもなかったので,違いが実証できて嬉しいと思った。

 

世間では毎年夏が暑くなっていくと言われるのに対して自分は毎年夏の暑さを感じなくなっていくと思っていたが,単純に自分が昼間に外出する時間が減って冷房のある室内にいる時間が増えているだけだと気がついた。いつか夏のない場所に住みたい。あるいは夏の温度を下げたい。これと似ている話として,自分は幼い頃から毎年アゲハチョウの大きさが小さくなっていて環境問題の影響だと思っていたが実際には自分が大きくなって生き物が相対的に小さく感じるようになっただけというのがある。この話はもう何度もしている気がする。5億回くらいしている。老人なので同じ話ばかりしてしまう。違う話をしよう。最近,誰も使ってない埃だらけの部屋に,子供の頃に市民プールで使うテントを入れていたショルダーバッグを見つけた。うちには誰も使ってない埃だらけの部屋が多い。子供の頃はその鞄がこの世で最も大きな鞄だと信じていたが,やはり今の自分には特別なことはない大きさの鞄だと感じた。

 

この間ブヨという生き物に刺された。それ以前はブヨという吸血激ヤバ害的危険生物の存在を認知していなかったが,刺され跡が普段と違うのでインターネットを信じてインターネットで調べたらそういう吸血激ヤバ害的危険生物がいるとわかった。ありがとうインターネット。

それからしばらくした日のリビングで,自分の腕に蚊より小さい変なハエのような生き物が蚊よりぶっといストローのような針で私の血を吸おうとしていたので,ブヨだ!!!と興奮しながら捕まえて水で流した。家でも外でもブヨを見るのはその日が初めてだと思うが,認知していなかっただけでこの吸血激ヤバ害的危険生物は自分は昔にも出逢っていたのだろうか?

 

まだ書いてないことはたくさんあるが,眠くなってしまった。流行病があっていろんなことが変わってしまったのだから,ただ若かっただけの頃より日記に書くことはあるはずなのに,書く余裕がない。眠いし,お腹も空いている。家の近くにある24時間やっていてカタコトの日本語を話す店員さんしかいない定食屋さんの,ご飯に人間の食べ物が乗ったやつを食べたい。記憶が疑わしいが確かそれはチーズ牛丼みたいな名前をしていた気がする。しかしお金がないので我慢する。それと,私はもう老人なので,眠いときにそんなものは食べてはならない。

明日早朝から免許の試験に行くつもりだったから今のうちは勉強したかったし,今日は早朝から犬の散歩をするつもりだったが全然うまくできなかった。自分はまだ若者だから,若者には失敗がつきものというわけらしい。