読む毒

イヌ

2021年4月1日の日記 142万8692円

桜餅とか桜茶ってあるけど,あの桜の風味ってなんなんでしょうね。桜の実(さくらんぼ)とは全く違う風味なんだけど,私たちは桜の花や葉を齧って食べたりはしないのに桜の風味を知ってますよね。不思議じゃないですか?あれみんなで協力して嘘をついているだけかもしれないですよね。

 

上着を着なくて良いくらい暖かい季節になった。今日は公園で白いタンポポを探してみたんだけど全く見つからなかった。ついにこの公園から絶滅したのかもしれないと思った。

幼い頃に白いタンポポを見つけると珍しくて摘んでしまっていた。こうして絶滅していく。反省。(タンポポの綿毛を人工的に飛ばすのは生殖に加担しているので良いですよね?)

 

珍しく実家にいて,珍しく暇で,珍しく眠かったので,昼間から夜までずっと寝ていた。

自分に懐いている犬がいて,一緒に寝ていた。自分に懐くものを見ると,自分が巧みな方法で信頼のできるものに擬態しているだけではないかと思ってしまう。そういう擬態を如何に取り返しのつかなくなるまで続けるかということが社会性なのだろう。取り返しのつかなくなるところまで続けてしまった人はもう引き返せないので,その社会性を維持するだろうという信念が共有されることで世の中はどうにかなっている。そこで突如現れた凶悪なドラゴンが街と人々を蹂躙する。

 

何をしていても退屈だと思う時間が増えた。歳をとってから気が短くなった気がする。すぐに結果が見えてこないことを続けることにストレスを感じるようになった。無い近道を夢想してしまう。可処分時間が減ったからかもしれないし,自分の老化を感じて残り時間の無さに漁っているのかもしれない。焦燥は全てを悪くする。同語反復的かもしれないが,焦らないことには心に余裕を持つことが必要だ。余裕を持つための最も簡単な方法は諦念にある。全てを諦めていれば何も恐れることはない。逆説的だが,私は本気を出さないことでしか本気になることができない。そんなこともないか。嘘かもしれない。自分が自分について書くことが正しいとは限らない。

昼寝をしながら,何故こんなに生きていて退屈に感じるのか考えた。それは目の前にあるものがつまらないからではなく,自分がつまらないからでもない。もっと別の問題なのだと思いついた。おそらく,ただ単にこれほどずっと一人で生きているのが退屈なだけだ。世界を探し回って僅かに出会えるような,自分と同じような心の持ち主に,何かを共有することの喜びをもっと知りたいのかもしれないと思った。今までの自分はその感情は単なる弱さだと思って切り捨てていただろう。これからの自分がどう思うかは分からない。春になると冬季鬱が終わり,脳の人間性を司る部位が活性化し,社交的になるからだ。

 

夜も寝られず,退屈すぎてブログを書き始めた。今日も頑張って,同じくらいの年代の方々がよく読んでいるようなブログを書いてウケを狙うぞ,と思った。自分の過去の反省や,今の悩みを生み出している環境を,シニカルな文章で描くことによって同年代の方々に支持されるような,そういうブログを書いてやるぞ!と思ったが,書くことが何も思いつかなかった。進路や人間関係や仕事や自分の人間性の反省をそういうふうに書きたい気持ちがあるときもあるが,書き飽きたという気持ちもある。

 

代わりに最近知った面白い話をしようと思ったが,最近知った面白いことも何もなかった。

 

マクドナルドは17時以降になると「夜マック」というメニュー群が発生し,100円を払うとバーガーの中身が倍増するパティ2倍ができます。

 

早朝になると町中の鳥が囀り始める。周り360°の家の屋根より高いところから鳴き声が聞こえてくる。今年の春の花はどこに何を見に行こうかな。

 

終わり。

2021年2月23日の日記 鎌倉って鎌の倉ってことですか?

長い自分語りをしたくなったから,する。人間がする話というのは長ったらしい自分語りか,謎の目線で他人をずけずけと評価してみるかの2パターンしかない。自分は,他人を評価することは嫌いで(まあ心の中ではこいつはこういうやつだとか思ってるだろうけど,それを言葉の形にして意味があると思うことはまずない),問題は常に自分の中にあると思っているから,自分語りの内容ばかり考えている。たとえば今の一文は自分語りに該当する。

人は自分語りをして,それを人に見てもらい認めてもらうことや,共感をしてもらったりすることを目的とする。こういった自分語りやお悩み相談はそれが親睦を深めるひとつの儀式になっていて,親睦を深めるためにこういった儀式が行われる。別にそれだから面倒だとかそういうことは思っていなくて,自分はこれを心地よいことだと思う。一方で心の底からなんとも思っていなくても,儀式を繰り返すことで見かけ上は,つまり儀式の文法に則って解釈するには,親睦を永遠に深め続けることもできる。これは本当に恐ろしいことではないかと思う。

 

レンタカーの夜に借りて朝9時までに返すナイトプランが異様に安かった(夜逃げに役立ちそうだ)ので,鎌倉の海までドライブに連れて行ってもらった。引越しを除いて,家賊以外とのドライブはこれが初めてだ。

深夜に,車で横浜の中心部に出てそのまま鎌倉方面へ向かって進んだ。その途中にある地名や道路の景色にどれも心当たりがあって,やはり自分は横浜という場所に住んでいたのだなと思った。それぞれの場所に色んな懐かしい記憶があるということも思い出していた。

突然の告白をすると,私は追突したら死ぬ速度を出す乗り物全てのアンチなのだが(アンチになったのには色んな理由がある。車内の特有の空気が臭い,乗ってると酔うのが嫌,車内が狭かったり人と密集したりするのが嫌,など色んな理由がある。そして何より,追突したら死ぬというのは特筆すべき重大な問題であろう)最近は和解しつつあるところだと車内で語った。友人も車があると行動の幅広がるからいいものだと言った。

そういえば,わたしには実家がなくなるという話があるのだが(突然の告白2),実家から別居している母親とこの間話したとき,むかし母がさんざん家を買うように父に促したのに,お金が集まると車ばかり買っていたのがいけなかったと言っていた。考えてみると幼い頃には実家に車があって,よくベイブリッジの向こうまで買い物につれていかれたものだ。(ちなみにその頃も上と同じ理由で車のアンチだったので乗りたくないと拒んでいた。渋々乗っても,揺れるから漫画を読んだり DS をしたらいけないと言われて,それほど自由を奪われると車内で妹とはしゃぐくらいしか娯楽がなくなるのでそうするが,十分うるさくなると父親がキレ始めるので,車の中では自由にはしゃぐ権利もなかった)

車は結局売っていたし,財政が破綻していたのだと思う。財政は今も破綻しているようだ。父親には財や物を管理する能力がなく,労働を続ける能力もなかった。悪いことが起こると,イライラし易く,すぐ必ず周りの人間にお前が悪いと怒鳴り散らすような心に余裕のない人だったから,父の周りにいた親族はみんな離れてしまった。父は短期間だけ集中してなにか上手く働くようなことは得意だった。そうして色んなことをやってきたから何でもできるような器用さもあり,周りの人にはそれが評価されていた。

結局父親には家を管理する能力がなく,その上で代わりに家を管理できるような利発な人間が家賊のなかにいなかったのが不幸だったのだと思う。なにもうまくいかなければ,苦しくなり,人は病を患う。そうなって世帯のヌシである父親が精神疾患で就業不能となると,自分が高校生になった頃からは生活保護を受けて生きていけるようになった。豊かな物を新しく買うということは少なくなったが,父親は落ち着いていたし,母親は違う家に住んでいたから家賊のオス(父)とメス(母)が接近による喧嘩作用が起こるということもなかったし,比較的穏やかな暮らしができていた気がする。無需要脱線昔話終。

こうやって車のことを考えていると,車というものに向き合わないといけないほど自分が大人の役割を持たされる歳に近づいているのかと思う。やる気がこれだけ萎えてしまったのに,これから人間資源(社会や家庭の資源)としての20代,30代,40代をやっていく存在に自分がなるのだろうと思うと,恐ろしい。恐ろしいから,同じように,「社会で,人として,生きていく」ことを恐れている20代の人たちのツイッターアカウントばかり見てしまうのかもしれない。わたしのおそれ。日に日に人間の高度なモノマネが要求されるということ。人のモノマネにはそれを続けるほどそれ無しで生きることが難しくなるという依存性があり,人のモノマネを求められて応えようとしてしまったところから全ての間違いが始まってしまった。

 

海へ朝6時に着いて,太陽の姿は見えないのに空は赤く,海は大きく荒れていて触ったら死にそうだった。実際死ぬのだろう。誰も触らなかったから確かではないが。波に揉まれたら陸へ戻れそうはなかった。次は誰かに触ってもらおう。砂浜へ降りる階段のところには人の姿は自分たち以外にほとんどなかった。私が自販機でお茶を買っている間に,早朝の散歩をしていた聾の老人が手話で「降りるな」と何度か友人たちに伝えに来たそうだ。6時半頃にもなれば太陽の丸い形が見えるようになり,波は少し穏やかになり,無数のサーファーが沖へ出ていった。遠くから見るサーファーの黒い粒のような人影は海鳥が波に浮かんでいるようだった。500人くらいいたのではないかと思う。(500人くらいが海に出ても疎らに感じる広い砂浜だった)

それを見ていて,人数の規模的になんとなく小学校の全校集会を思い出した。時間帯もそれらしかったかもしれない。

海に入って遊ぶわけにもいかないので(「降りるな」と散々忠告されたわけだし。全身がずぶ濡れだったら車も汚れる),

砂浜で落ちている物を漁ったり撮影をしたりした。心の中では鮫か哺乳類の骨を見つけられたら一番嬉しいと思っていた。良い落とし物としてウミウの死体があった。夏なら,山なら,虫が湧いて腐っていくだろうに,ウミウの死体は死んで数日は経ちそうだが他の生き物に荒らされた形跡はほとんどなかった。枝で叩いたり羽を広げたりすると,死体は硬く,ごろっとした重みを感じた。初めて見たときウであることは分かったがなんのウか分からず,くちばしの形から同定をした。もし手袋でもあったらもう少し身体を見て,雌雄も確認したらよかったのかもしれない。とにかく砂浜には若く活きていた鳥のきれいな死体が流れ着いていた。

それから貝殻。ごろごろした石が溜まっているあたりに,形を残した大きな貝殻も無数にあった。この殻がすべて生き物の死骸なのだと思うと,面白いと思った。かれらはこの海のどこかで何年も炭酸カルシウムを蓄え続け,そして意味不明な形をした貝殻を造形する。大量の貝殻が流れ着いている場所。墓標が均一に並んでいる静かで無機質な墓地とは違う,死の騒々しさを感じた。

それから,シーガラスとして重宝されるにはまだ早い,生成りのシーガラスを集めた。きっとこの海で捨てられたガラスが,この浜の砂利にもまれて丸みを帯びたのだろう。(海の砂浜とかいう尖ってて危ないものが勝手に丸くなって安全になるシステムありがとう) 瓶の飲み口だったか,底だったか形がまだ残っているような生成りのシーガラスたち。太陽にかざすと淡い

ソーダ色の光で輝く,歪なかたちのシーガラスが大切なものに思えた。(ちなみに持って帰って洗って干して一日経ったらそこまで要らない気がしたので,今度海に帰そうと思う)

帰り道も,自分に所縁のある町を車で貫通していくように進んでいった。色んな思い出の場所。そこに行って何かがあったことは覚えているのに,自分が何をしていたかが半分くらいしか思い出せなかった。昔のことが,思い出せない。古い話はみんな忘れてしまう。

思い出を大事にしたとして,世界中でそれを覚えているのが自分だけだったとして,自分がいつか死んだらそのメモリは完全に消えてしまう。それならわざわざ自分の記憶域を圧迫しないで,すぐに忘れてしまえばいいと思う。自分の記憶域には,この世から消えない事実だと思えることだけを入れればいい。そう考える。そうやって自分の構成要素を減らしていく。自分を減らして,死んでるみたいになることは,死への正しい備え方だと思っていた。覚えていたいことはいくらでもあるはずなのに。

 

この辺までは,一昨日の夜に眠け眼で書いていたこと。今はご飯を食べていて,ご飯の話をするのだが,牡蠣っていう貝を食べる文化ありますよね。貝は排泄器官があんまりなかったので,体内に老廃物が溜まってるんですけど,あの,貝の腸みたいな部位,海藻を消化した排泄物ですよ〜〜みたいな感じのところを,人間が食べるのっておかしくないですか?????

なんで人間が,よくわからない海の底で意味不明な造形の殻にこもってぐにょぐにょしてる謎の生き物の消化器官を丸ごと食べるの??食べなくて良くない?食べない方がいいですよ本当に。牡蠣って海の濾過器みたいに言われますけど,それって汚れを回収して貯めてるってことですよね。それで一定の確率でノロウィルスを貯蔵している牡蠣をたべて人間がお腹壊すのって,本当に意味のないダメダメシステムじゃないですか??????焼いても焼かなくても牡蠣を食べるな。牡蠣アンチです。(目の前に食べ物を出されると頑張って食べる習性があるので実家で目の前に近づけられた牡蠣料理を頑張って全部食べました。ダメダメシステムの一環にして頂き,ありがとうございます)

2020年11月の日記 甘い香りの

甘い香りの汚れがついた。エアポッズの新しいケースに。白いケースに砂糖とコーヒーの香りがした。さっきすすきを千切った手で触れたから茎を潰した汁がついたのかと思った。すすきの花は金色で,さらさらしている。さらさらしているものが好きだ。絹糸とか,調子がいい時の自分の髪とか,よく乾いた砂とか。エアポッズにはキッチンで誰かがこぼしたコーヒーのあとがついたのだ。白いケースはさらさらではなくなった。砂糖だから水で拭いたらすぐにとれた。エアポッズのケースは一度失くした。人がこれらを失くす話はよく聞くが,自分こそは失くさないだろうとずっと思っていた。人が間違うことを知っても自分こそは間違えないだろうと間違えるときまで人は思うもののようだ。それからひと月ほどは外へ行くのにヘッドホンで音楽を聴いていた。街中でヘッドホンを使っている人を見ると親近感を覚えた。あんまりそんな人はいなかったが。

もう話が思いつかなくなった。いつもそうだけど日記を書き始めるときはタイトル以外何も考えてない。親しい人と会いに行くのに話すことを全て事前に決めないのと同じくらい。日記を書いている途中の気分で決めている。そうした方がきっと今現在の生の気持ちに近づく気がする。それって日記なのかな。体裁のない遺書に近い。話すことなんて何もない。あると思えばあるだろう。犬が猫の礫死体を見つけたこととか,引越しをしたこととか,他人の幸せを願うこととか。猫の脳みそは綺麗だった。目玉の裏側も綺麗だった。昔から想像していた通りの色だった。あなたのものもきっと綺麗だから,怖がらなくていい。小学3年生のときに一番愛していた猫が死んだ。その猫の体は埋められた土の中で私に見えないように消えていった。あなたがたは死んでしまう。恐ろしいことだ。悲しいことだ。引越しは何でも無かった。帰りたいという気持ちを初めて覚えた。今まで自分の家とされていたところはずっと居心地が悪くて出て行きたくてあまり戻りたくなるような場所ではなかったから,出ることだけを期待していた。家とされていたところから出て見ると,出るだけでは満ち足らず,自分は本当は自分が帰るにふさわしい場所がほしかったのだとわかった。自分の居場所が欲しい。それがあれば早くそこへ帰れるようになって,帰りたい。まだ見ぬふるさとへの望郷の気持ちが自分にもあるとわかった。そしてきっとそれはどこにもなく,叶わず,誰にも与えられないので,死ぬまでフラフラするのだろう。野良犬のように。いいことだ。

やはり話せることはいろいろあるようだ。それでも全部のことが話したくないだけかもしれないし,思い出したくないのかもしれない。話そうとしないのは,自分がつまらない人間だと知っているからか。ぼくは自分のことをつまらない人間だと思い込んでいる。一方で私にとって本当に面白いものは私だけだとも思っている。他人を楽しませるつもりで何かをしようと思わないから,他人にとってはぼくはものすごくつまらないはずだと思っている。そして常に自分を楽しませることができるのは自分だけだから,わたしを楽しませることが最も多いのはわたしだとも思っている。離人症のような自己管理観だろうか。

世界と自分はまず分離されていて,世界とは自分以外の物事のことだ,と思う。そうして自分は常に世界を見ている。世界に興味がある。そして世界の中でも特に深く,面白い,ひみつを見ること,そのために自分の体と心を捧げたいと思う。自分から見て自分と世界のふたつしかこの世にない以上,世界に与えられるものは自分しかない。人が世界を愛することは,世界のひみつに触れたいと思うことは,人が人を愛するのと同じくらい自然なことだ。人も世界なのだから。

世界の次には自分の問題がある。自分はどうやっても自分から切り離せない。死ぬまで。それとも,死んでも。自分のことは,自分が自分であることから目を離しているとき以外は常に問題だ。この世には自分と世界以外のものはないので,世界を見ていないときは自分を見ていることになる。ただ見ているだけではなく,そこにある問題を考える。そうしたいからそうする。自分の問題を。まず自分には自分の自分の体と心がある。さらにその自分の体と心を客体化する,よりメタな自分があるような気がする。わたしがすることはそのメタな自分とどれだけわたしを同化させられるかということ,という気がする。このメタな自分というのは,きっと自分の心の一部で,深層心理であるとか,自分の思考の中にあるシステムであるとかだ。

まあ,そんな感じ。今はこんなことを詳しく書くことに興味がない。何年も普段ずっと思っていることは,自分にとっては書くまでもなくわかりきったことで,あなたがたにとってはそうでない。詳しく知りたいなら話しかければ良い。何かを知りたいならいろんな方法で知ればいい。ひみつを焦らすものからひみつが知りたければ,手に触れて暴くのがふさわしい。わたしを知りたいなら会うのが手っ取り早い,といつも思っている。わたしが怖いなら一生会わなければいい。それがふさわしい。ちなみにわたしはあなたがたが怖いのであまり会わなさそうな気もする。どうだろう。別に怖くもない気はする。誰も近づきに来ると思っていない,というところもある。わたしを心配する人にはこういう振る舞いは心配されるが,相手が嫌な人間かどうかもまた相手を知るまで知れない。ちなみに自分にとって嫌な人間だった場合は,それを直接知ってからでは一歩遅い。相手が自分を欲しくて近づこうとしているなら求める人間に求められるものを少しでも与えればそれは悪いことではなかろうとも思う。でもそこまでして自分が他人に何かしようと思うこと自体気まぐれや自傷行為でなければほとんど無い気もする。それで,もしそうして何かでわたしを見ることがあれば私がいかにつまらないかということが知れてあなたは満足するだろう,と思う。それはいいことだ。真実を焦らすことよりよほどいい。もしそうならないのであればあなたは私に向いているか,もっと時間が経てばやはりいずれそうなる。

何だか,こうしてあなたがたに対して思う自分の態度は,自分以外が言っていたら自分は説教しそうだと思う。「もっと人を信じなさい」「人に目を向けなさい」「人に怯える必要はない」「人は怯えるほどのものではない」「人と心を通わせようとしなさい」「人と心を通わせることは,万物を世界と呼びかけてひとり遊びに励むことより貴重なことだ」,そして「人があなたの期待に応えられないことに悲しみたくないから人に期待しないのではなく」「人があなたの期待に応えられないことを許せるくらい余裕を持ちなさい」と説教したがる気がする。むかしよりは絶対に人への興味は増えていると思う。人は世界の一部だし,人のことは自分には少ししかわからないから,面白くないわけがない。動物園や海や山で生き物を見つけて見ているだけで面白いのと同じ理由で,人も見つけて見ているだけで面白いはずだと思う。そして言葉が通じたり,心を通わせたりできるならもっと面白いはずだが,こう考えるのは違うのだろうか。

眠い。寝る。今年ももうすぐ終わる。恐ろしいことだ。自分とあなたがたの残り時間が減っている。私の愛はせいぜい何十年かかけて消え去る。いいことだ。私が減るのはいいことだ。あなたがたはそうではない。私は減っていく。せめてたくさん楽しませてください。私が死ぬまで。

2020年10月27日の日記 日記の猿

実家の近くに本当の高級住宅街があって,その辺りで犬の散歩をしているとき家の前を通るとめちゃくちゃ反応範囲の広い人感センサーが反応して遠くから強い光で照らされるので,なんかそういうタイプの演出?となる

 


この地域,歴史のある洋館が並んでいたり場合によっては本当に歴史的資料として保存公開されてる洋館があるゾーンがある。他には高級マンション・ゾーンや,現代美術みたいなデザインの変な構造の新築の家が立ち並んでるゾーンがある。あと私立の□子校や大学が密集してる(フェリスの中高大があります)

 


偏見だけどあの辺の家に住うのは本物のお金持ちが□を□って子を成して家を建てて子が□だったら□子校に,■でも最寄り駅から首都まで快速電車があるから🆗みたいな感じの人間なんだろう

 

日記の猿「ニキー!」

2020年9月7日 塩

ふと人と話したくなった。出かけた場所のこと,生活のこと,天気のこと,自分の変化のこと,なんでもいい。

そういうときはツイキャスで誰も返事をしてくれない独り言をするだけでも自分は満足できてしまう(省エネな性格ですね)のだけれど,ツイキャスをしない・自撮りをしないという誓いを立てているので(立てていませんが)代わりに日記を書き始めた。自分は話をできるほど信じられる人がいないので,日記,ツイート,なんらかの適当な形で独り言をするしかないのだと思う。といっても自分は会話を諦めているのではなくそれを望んでいるから,Twitterをしていることが多い。Twitterは各々の独り言をコミュニケーションに近い形に変換する機能だから,そういうわけで自分はTwitterから一生離れられないと思っていた。最近はそうでもない気がしてきている。

 

最近はソシャゲをしている。ソシャゲの何がソーシャルなのかまだ知らない。ソシャゲには『ガチャ』というシステムがあって,これによって日本の若者は目当てのJPEGとボイスデータに月給の何パーセントかを課金する。目当てのJPEGが当たると若者はTwitterで報告をするので,そういう意味でソーシャルなのだと自分は思っている。この推理が正しいのかまだ分からないが,真実はいずれ知ることになるだろう。

スマホゲーは音ゲー(CytusとDeemo)と荒野行動にはまっていた時期があったが,ゲームをそんなに続けられる性格でもないのでスマホゲームはしばらくやっていなかった。ソシャゲを始めたのは,春休みと流行りの病の影響で2ヶ月ほど仕事がなくなっていたときに『ツイステッドワンダーランド』の広告を見てやってみたというのが始まりだった。𝑻𝒘𝒊𝒔𝒕𝒆𝒅-𝑾𝒐𝒏𝒅𝒆𝒓𝒍𝒂𝒏𝒅 をやったところで先月くらいにまた別タイトルの広告を見て(フォロワーがハマってたのもあるが)『魔法使いの約束』をやっている。物事を比較することが嫌いなので比較するために書いているのではないが簡単に所感を書く。ツイステは章ごとにキャラクターの内面に関係する問題提起とその決着が行われる。問題の可視化にはオーバーブロットという設定がいい感じに活躍する。お約束の展開のようなものができていてわかりやすいと思う。

まほやくは純粋にコンテンツの提供量が多くて嬉しい。あと話が生々しくて自分好みな気がする。シナリオや会話劇が純粋に楽しい。育成の仕組みは複雑なのでまだわかっておらず勘でやっている。個々のキャラクターと親睦を深めているような体験ができて楽しい。メインストーリーは15章まで進めて,今のところ何も世界や人物の問題が進展した感じがしない。というか我々がキャラクターにゲームで提供されている機能を通して作用しても,そのときに特別な返事がもらえるだけで,彼らや世界に変化を与えられる気がしない。サザエさん時空のように,その場その場では問題や解決が起こり,信頼が深まるような終わり方をするが,その事件の以前とそれ以後で本質的な変化はなく,永遠にキャラクターの刺激的な言葉を聞く時間を自分がこれから過ごしてしまうような想像をしてしまう。ゲーム内での自分の存在感というのは,こちらとゲームとの間に壁がある以上もっとも最初に諦めることなので(前もこんなことを考えていた気がする。『ALTER EGO』をやったときかな。あのゲームはそういう内容だった),諦めるとして,キャラ同士の問題の決着はどんどん見ていきたいと望んでしまうが,こういうことを考えてしまうのは勇み足気味だろうか。彼らが引き起こす問題を(自分にとっては)長い時間をかけてまま見守っているべきだろうか。今から自分がメインストーリーを進めたらわかるだろうか。まだ誕生から長い歴史を持たないゲームコンテンツなので,みんなが信じているように話が進むことを自分も信じて穏やかに供給を待っているべきだろうか。というか,それしか道がないので,そうするしかなかったな...

 

川崎の新設水族館(カワスイ)で魚を見た。イグアナやアルマジロを見た。アルマジロはネズミやブタの印象に似ていて哺乳類らしい感じがした。イグアナはずっと寝ていて,触ったらむにむにしていそうだった。まだ大きくないピラルクがいて,カワスイが数十年の歴史を持つ水族館になったときこのピラルクがまだ生きていたらとても大きくなるのだろうと思った。カワスイは淡水生物がメインに展示されていて,アクアリウムブーム世代の成金みたいな太ったおじさんが水槽ごとに近くにいる若い女性に絡むようにはしゃいでいて,魚の萌えポイントを友達に話したかったが蘊蓄を開始した瞬間にこのおじさんと同じ土俵に上がることになるなと思った。

 

自分の誕生日に母親と会った。母親にタイの特殊な形式の食事をご馳走してもらった。母親はタイ人で,その辺で行われているタイ仏教的な儀式に自分が同行した。儀式の後は捧げ物である食事をみんなで食べる。その日は徹夜明けだったので,儀式の時間は眠らない程度の動作が求められつつぼーっとできて,よかった。食事にはそこにティラピアという魚があった。ティラピアはタイで一般的な食用魚で,かつてタイで食糧難があった頃に今の上皇が食用としての導入を提案した歴史がある。カワスイでも見た魚だったので,こんな形で再会するとは,と思った。

みんなは知らないかもしれないけど自分の母親はタイ人と言われている。そのことについて保守的な日本人である祖母からはとても恥ずかしいことだと小学生の頃は毎日言われていたので自分も子供の頃はなんとなくそう思っていた。地元には外国人は少なくないので,それが珍しいとも特別なことだとも思わなかったが,母親について他人に積極的に語ってはならないと思っていた。というか家庭内でそういう空気感を祖母が積極的に作っていた。今は祖母は歳をとったので家庭内でのそういう働きも衰えたし,そもそももう家庭らしい場は存在していない。自分は歳をとってそういうことへの気持ちが何もなくなったので,事実として語ることが出来るようになったが,やはり何も思う所はない。

 

夏が始まる前にキュウリの苗を二つ買った。キュウリの苗は売り場にある一番高いやつ(SSR)と一番安いやつ(R)を買ったが,SSRはキュウリをたくさん作ってくれるのに対してRはそうでもなかったので,違いが実証できて嬉しいと思った。

 

世間では毎年夏が暑くなっていくと言われるのに対して自分は毎年夏の暑さを感じなくなっていくと思っていたが,単純に自分が昼間に外出する時間が減って冷房のある室内にいる時間が増えているだけだと気がついた。いつか夏のない場所に住みたい。あるいは夏の温度を下げたい。これと似ている話として,自分は幼い頃から毎年アゲハチョウの大きさが小さくなっていて環境問題の影響だと思っていたが実際には自分が大きくなって生き物が相対的に小さく感じるようになっただけというのがある。この話はもう何度もしている気がする。5億回くらいしている。老人なので同じ話ばかりしてしまう。違う話をしよう。最近,誰も使ってない埃だらけの部屋に,子供の頃に市民プールで使うテントを入れていたショルダーバッグを見つけた。うちには誰も使ってない埃だらけの部屋が多い。子供の頃はその鞄がこの世で最も大きな鞄だと信じていたが,やはり今の自分には特別なことはない大きさの鞄だと感じた。

 

この間ブヨという生き物に刺された。それ以前はブヨという吸血激ヤバ害的危険生物の存在を認知していなかったが,刺され跡が普段と違うのでインターネットを信じてインターネットで調べたらそういう吸血激ヤバ害的危険生物がいるとわかった。ありがとうインターネット。

それからしばらくした日のリビングで,自分の腕に蚊より小さい変なハエのような生き物が蚊よりぶっといストローのような針で私の血を吸おうとしていたので,ブヨだ!!!と興奮しながら捕まえて水で流した。家でも外でもブヨを見るのはその日が初めてだと思うが,認知していなかっただけでこの吸血激ヤバ害的危険生物は自分は昔にも出逢っていたのだろうか?

 

まだ書いてないことはたくさんあるが,眠くなってしまった。流行病があっていろんなことが変わってしまったのだから,ただ若かっただけの頃より日記に書くことはあるはずなのに,書く余裕がない。眠いし,お腹も空いている。家の近くにある24時間やっていてカタコトの日本語を話す店員さんしかいない定食屋さんの,ご飯に人間の食べ物が乗ったやつを食べたい。記憶が疑わしいが確かそれはチーズ牛丼みたいな名前をしていた気がする。しかしお金がないので我慢する。それと,私はもう老人なので,眠いときにそんなものは食べてはならない。

明日早朝から免許の試験に行くつもりだったから今のうちは勉強したかったし,今日は早朝から犬の散歩をするつもりだったが全然うまくできなかった。自分はまだ若者だから,若者には失敗がつきものというわけらしい。