読む毒

イヌ

2018年7月11日 カレー

朝6時過ぎに寝て10時前に起きた。夜遅くからずっとシュタインズゲートのアニメを見ていた。その前の5日間は全休と自主休講を組み合わせて5連休をしており,その間したことといえば新しくもらった着物をきて近所の商業施設に新しい箸を書いにいくとか,アニメを見るとかだった。

そのまま11時まで布団から出なかったが時間がやばくなりそのうち急いで身支度をして家から出た。

Amazonで買った折りたたみの日傘を初めて持っていった。

 

電車の中ではほうじ茶ラテのペットボトル飲料を飲んでいた。最近はこれが習慣化している。その日の体調によってはほうじ茶ラテのにおいが,小学校のころ雑巾がけで絞った水を溜めて黒く濁ったバケツの中の水の匂いと同じように感じられたりする。

似たような例では麦茶とタバコの後味が似ているという話がある。これは完全にどうでもいい話だけれど麦茶の味というと,初めてキスをしたとき,たしか高校2年生の梅雨で寝坊して学校に行くのが嫌になって嫌だなあと思いながらLINEしていたら家に来ていいと言われたときで,そのときキスする前にお互いに麦茶を飲んだからキスの味が麦茶だったことを思い出す。

麦茶とはあまり得意な後味じゃないので記憶に残る。コンビニでもあまり買わないことにしているが,高校生の時に自販機で安く売ってて容量があったから渋々飲んだのも記憶にある。

 

そんなことを思い出しているうちにJR中央線 水道橋駅について,その辺にある大学の大学生たちをかき分けながら神保町に向かう。

真昼間の神保町にはサラリーマンと外国人と大学生がたくさんいた。暑かった。気温は見てなかったが32℃くらいあったらしい。

折りたたみの日傘を差して歩いていたら,日傘をしていることについてすれ違いの人間が後ろ指を指すような声を出していたが,このクソ暑いなか理由もなく日陰に入るための工夫をせずに体力を消耗しているヤツは全員アホだろうと思ったしそう言ってやりたかった。

神保町のマックに着いて,待ち合わせしていた2人と会った。

高校生の頃にその友達とは全く関係ないない人たちと神保町で遊んだことがあって,そのとき待ち合わせた席と偶然同じだったのを思い出した。

 

神保町にカレー屋が多いことを友人が指摘したので確かにそうだなと思った。友人が新歓か何かで神保町のカレー屋に連れてかれて,パクチーを売りにしているカレー屋でパクチーを食べなかったことを話していて頭に残った。もう1人がパクチーってどんなものなのか分からないと言ったので,でかいパセリのようなものだと答えた。

 

それから店が小さいが人がたくさん並んでいるラーメン屋で小1時間並んで待った。炎天下にさらされて,寝てなかったことも相まってわたしは口数が少なかったが友達は元気にバイトの話などをしてはしゃいでいた。

 

店内は狭くて,店員が5-6人くらいずつまとめて店内に入れて,お客さんに番号をつけて,点呼を取るようにそれぞれの番号から注文を聞くスタイルで初めての体験だった。ディズニーランドのアトラクションみたいだなと思った。(ディズニーによく行く人は全然そうは思わないだろうけれど)

 

出てきたラーメンは思ってたよりデカかったので,ボブネミミッミのレッサーパンダを見たポプ子のような気持ちになった。食べたら美味しかったので少し笑ってしまった。その日はほうじ茶ラテしか口にしてなかったので胃にいきなりたくさんぶち込むと悪いのではないかと思ったが平気に全部食べれた。となりで冷やしまぜそばをたべていたサラリーマンは,笑いながら食事するわたしのことを不気味に思っただろうと思う。

 

食べ終わると友人の1人が講義に間に合いたいとのことですぐ帰った。残った友人と神保町ブックセンターに行きたかったので入ろうとしたがカフェが高そうだったのでやめた。でも中は見たかったので(岩波と提携していると聞いているので岩波オンデマンドの数学書が揃ってるのか興味があった),入ればよかった。

古本屋が並んでいる光景をすごいね〜と見ながら書泉グランデに入った。途中で明倫館を通ったときに,そういえばシャッターの閉じてない明倫館を初めて見たなと思った。

書泉グランデでも特にやることはなく(わたしは数学書を読めるのでやることがあったが友人はなさそうだった),解散した。

 

大学に戻り,図書室で"曲面の幾何構造とモジュライ"を借りた。書泉グランデでパラ読みして以外と読みやすそうだと感じたのと,タイヒミュラー空間に興味があったからだった。

図書室から教室に向かう途中で次の授業の担当教員と居合わせた。でも自分の顔は覚えられてないだろうと思った。

16時から18時まで授業があったので参加した。この講義に出るのは10回くらいぶりだった。大学に入ってから唯一会話らしい会話をした同クラスの生徒がいくつか前の席に座っていたが話すことがなかった。

 

18時から理科大でゼミがあったので移動した。数学科のゼミ室のあるフロアの壁際で床に座って他のメンバーを待った。数学科の教員がたまに出入りしていて,授業に出てないので気まずかったがまだ顔は覚えられてないから大丈夫だと思った。メンバーが3人集まってもまだ床に座っていたので屯する中学生みたいな気分になった。そのへんの床に座って数学の話をする中学生はいないだろうが。

 

ゼミ室から飯田橋駅神田川を見た。神田川は緑色に気持ち悪く濁っていて,似たようなものを横浜の夏でも見たと思った。爽快感のない最悪の川だ。ハウルの動く城ハウルの気分が落ち込んで体から気持ち悪い粘液を出したときの粘液みたいな川だった。

その真横を颯爽とすぎる黄色いラインの描かれた車体の中央線は見ていて気持ちが良かった。

 

ゼミの後半ではゼミと並行して読んでる本と少し違う内容を1人がレクチャーするとのことになり,知ってる内容だったので他の本を読もうと思ったが,眠くなって本も読めなくなってきたので本当に何もできなくなりスマホでエロ漫画を読んでいた。その様子を見られていて苦笑された。

 

収束の話をしていて,途中で「nを大きくして1000回に一回必ず近傍からはみ出るみたいな振る舞いはダメなわけです」みたいなことを言っていたのを聞いてなぜかウケてしまった。他の話も含めて良い解説をしていた。上から目線みたいになってしまうが料理を食べて美味しかったと言ったのが同業者か客なのかによって上から目線か褒めの言葉なのか変わるのはおかしいことで,同様だと思ってほしい。

 

ゼミの後寄り道して少し人に会ったがめぼしいものがなくお腹が空いたので帰宅した。帰りの中央線が異様に混んでいて背中や尻のあたりが知らない人と密着していて,もう2度と電車に乗りたくないと思ったし,これだけ混んでたら乗ってる人みんな不愉快だろうなと思った。

 

帰宅して,眠り眼でこれを書いた。

2018年5月8日 学校

目が覚めたので起きました。
雨がたくさん降ってました。
遅刻の時間になってました。
昨日いつ寝たか忘れました。

冷蔵庫を漁ってご飯にしました。
時間がないので少しだけでした。
着替えて歯を磨きました。
カバンに本を入れました。
魚に餌をあげました。
ちゃんと手を洗いました。

雨なので傘を持ちました。
自転車が壊れてるので駅まで歩きました。

傘をさしてるので手がうまってました。

駅に着きました。

雨が降ってるので電車が混雑しました。
人がいて湿気がありました。

電車で外を見てました。
電車に乗ってたら日が暮れました。
すごい速さで東京に向かってました。
時間があるので本を読みました。
内容は全部忘れました。
昨日見つけた新しい音楽を聞きました。
ずっと同じ曲を聴いてました。
何をしていたかよく分からない時間でした。

学校に着いたのでおにぎりと水を買いました。
授業はもうほぼ終わりでした。
教室に入ると先生に嫌な態度をされると思いました。
教室にはいきませんでした。

図書館で本を返しました。
本は重い本でした。
まだ読み終わってませんでした。

今度使う本を探しました。
1つだけ棚に残ってました。
ボロボロで黒くなってました。
残念な気持ちになりました。

次の授業に向かいました。
エレベーターに乗りました。
体が浮いて変な気分でした。

教室に向かいました。
授業は始まってました。
先生の話を聞きました。
授業が終わりました。
今日の授業は楽しかったでした。

教室の人たちが話してました。
みんな友達がいるみたいでした。
僕には友達はいませんが、今日は楽しかったでした。

空き教室に向かいました。
一人で入りました。
さっき買ったおにぎりがありました。
食べたら酸っぱくて嫌でした。
借りてきたボロボロの本を読みました。
他の本も読みました。
ノートを書こうとしました。
よく分からなかったので帰りました。

雨が降って寒かったでした。
電車に乗って帰りました。
乗る電車を間違えました。
すぐに気付いて良かったでした。
でも20分かかりました。
電車に乗って外を見てました。

すごい速さで家に向かってました。
外はもう真っ暗でした。
でも街の灯りがありました。

お腹が空いたのでご飯を食べに行きました。
しょっぱくてまいりました。
でも美味しかった気もしました。
でもしょっぱくてまいりました。

電車に乗って帰りました。
もうすぐ終電の時間でした。

駅から歩いて帰りました。
雨が降ってました。
外は寒かったでした。
水溜りを踏んでしまいました。
革靴が濡れてしまいました。
かわいそうだと思いました。

家に着いたらお風呂に入って、薬を飲んで、ベッドに入ると思いました。

2018年4月16日 日誌

なんだか世間を騒がせている「バグダッド日誌」に関するツイートをいくつか見て、たまには自分も日記を書こうという気持ちになってしまった。

バグダッド日誌」というのはイラク派遣された陸上自衛隊の活動報告で、緊迫した情勢とは反対に空気系の日常4コマみたいな1日が並んでいてなんだか面白い。調べると出てくるので読むといいだろう。

調べなくても今は話題だからTwitterでたくさんそれに関するツイートやスクリーンショットが出てくるだろうが。明日の朝にはさっそくニュースで取り上げられているとも思う。

 

さて、毎度のことだが日誌を書こうと思うものの書くことが何もない。いつものように記憶にある出来事をいくつか箇条書きのように思い出して、全体として何のまとまりもないまま書き飽きたところで終わろうと思う。

 

ツイッターをしていると、いや、ツイッターだけでなく人間と関わっていればほぼ必然的なのだが、恋愛に関する話をよく聞くことになる。

みんな、恋愛をしていて大変そうだなと思う。全然ひとごとではないのだが。

何でそんなに大変そうなのだろう?と思ったが、自分の幸福に関する重大な問題なのだから、大変になって当然だと思った。

 

土曜日、学校をサボって浅草に出かけた。大学は今は履修登録期間なのでまだ出席はとってないはずだが、出席をとらない授業なのにレポート課題が出てたりするのでもしかしたらサボったのは不味かったかもしれない。あとで顔も知らない会ったこともない同学科生にその日の授業の詳細を聞いたが、無断欠席=再履修の科目があったらしく、おそろしい気持ちになった。まあ、気にしない。留年してもしなくても人生がつまらないことに変わりはないし、些細なことだと思う。留年したら学費が払えなくて退学することになるけど。

 

大学に行っても話す相手がいない。まだ誰とも話してないし、全員が話したいと思えないような雰囲気だ。教室に入るたびにみんなに退学してほしいと思う。高校生の頃は自分が中退したいと毎日思ってて、実際そうしたが、今は自分以外の人たちに退学してほしいと思ってるからきっと成長だ。

本当に自分以外みんなが退学したら運営に支障が出て自分も困ることになるだろうけれど。

 

大学にいる若い人たちは、何だかみんな中学生みたいで、関わりたくない。すぐに集まろうとして、とにかく大声を出してはしゃぐ機会を作ろうと働きかけている。髪を染めて、恋愛関係くらいしか悩みがなく、その悩みが何よりも深刻だと思ってそうな顔をしている。(顔で人を判断してはいけないし、人の悩みも馬鹿にしてはいけない。)

みんな、明日生きるためのお金のことで悩んだりしてなさそうだし、夜寝るのにも困ってなさそうで、親の金で買ってもらった服やゲームで楽しんでいそうで、そこまで全てが自分と異なった環境にある人たちと話やテンションを会わせろというのは、無理があるように感じる。

何だか、こういうのは傾モノであろうとする人たちがよく言いそうなことなので、これ以上言いたくない。

 

浅草の話をしよう。その日は、合計6時間の授業があり、最初の授業に20分遅刻して参加したが、次の授業は受けなかった。

何となく浅草に行きたかったので地下鉄に乗って浅草に行った。地図を見ると靖国神社や皇居が近くにあって、そこに行くか悩んだが、電車に乗るほどの距離ではなく、歩くにはまあまあの距離なので、歩くのが面倒だと思ったから電車で浅草に行くことにした。

 

地下鉄はなんだが閉鎖的で、風を切る音と電車が軋む音が怖く、ホラー映画でよく題材になるのもわかるなといつも思う。電車が到着するときは、さりげなく自分の死を感じる。一瞬だけ怪物が目の前に現れたような感覚、といっても伝わりはしないか。

ビルと道路で埋め尽くされている東京の地下に長いトンネルが立体的に交差していて、そこを今自分が高速で通過していると考えると地下鉄も楽しい乗り物であるという気はしなくもない。でもそれは想像で楽しむことに過ぎず、目の前にある閉塞感や軋みの音の不気味さには勝てない。

 

浅草にある大きな門を見たけど、何も感動しなかった。あれだけ大きな木造の門をどうやって作ったのかとか、門によじ登って上から人を見下ろしたら楽しいだろうなとかは思ったかもしれない。京都か奈良で似たようなものを見た記憶があるが、何だったか思い出せない。知恩院だったか、東大寺だったか。

フランスにも同じような大きな門があった気がする。海外にある"門"というのは基本的に石でできていて、だから日本の木造の門よりも遥かにスケールがでかい。でもスケールがでかくなると、細かい彫刻とか飾りが目視できないから、デカければ良いとも思わない。僕は凱旋門よりも日本の木造の門の方が好きだ。

 

あちこちで藤の花が咲いていて、良かった。藤は派手すぎない感じと、高い場所から垂れるからあまり接近できない感じが人間との距離感のバランスがよくていいと思う。好きな花だ。

 

浅草に行って、たくさんの外国人に揉まれたが、特に何も買ったりはしなかった。そもそも浅草の一番大きな通りは外国人向けのお土産ショップが多くて何も買うようなものがない。そこから少し離れると和食のお店だったり、和菓子のお店だったり、秘密基地みたいな落ち着いた喫茶店が増えて、そこには入りたいとも思ったが、お金を使いたくなかったのでやめた。いつか入ってみたい。

そこから更に離れると居酒屋やカラオケ、ファミレス、ネカフェ、ラブホなどが増えるジャンクな土地柄になってくる。

 

前に横須賀で友達2人と遊んだとき、秘密基地のような喫茶店に入ったことがある。その2人は音楽を作ってて、僕はあんまり共通の話題を持ってないので、黙っていたけど、楽しかった。基本僕は喋るとき以外は黙ってるので珍しいことでもないと思う。(自明な文だ)

落ち着いた喫茶店なのにゲラゲラ笑って会話してしまったから、友達の1人が今度からここに来れなくなると言っていた。でもその2人はずっとドラッグの話をしていたし、そっちの方が問題があると思った。横須賀は屈強なアメリカ人海軍兵士が多くて、シンプルに居心地が悪かった。デカい軍艦を見て、ああいうのに乗って戦争したりすると人は気持ちがよくなるんだろうなと思ったのを覚えている。

 

話を戻そう。浅草で何も楽しむことが見当たらなくなった僕は、目視で観測できるスカイツリーに向かって歩くことにした。スカイツリーに一度だけ行ったことがあって、そのときは母と妹が一緒だった。その時はスカイツリーに付属している展望台にも水族館にも入らなかった。たしかそのとき中学生だった僕も妹も母の財布を心配したのだろうけど、今思えばたかが数千円よりもあのとき3人でそういうところに入ることの方が母にとっては意味のあることだっただろうと思う。それから、母はお金があるので、何の心配もする必要がなかったとも思える。

 

スカイツリーに着いて、インドカレーを食べた。見た目がオシャレなので金額が高めだったが、家の近くのネパールカレー屋の方が僕好みの味だった。別に不味いわけじゃないが、二度とここに来ることも、食べることもだろう。

1人で入店したので、周りがカップルやグループが多いのと対比されて目立っただろうが、慣れたことなので気にしない。

 

そのあと、昔はいらなかった水族館に入ることにして、魚を見た。淡水魚のアクアリウムのレイアウトがかなり良かった。それからニホンウナギナマズがいたのが非常によかった。アマミオオウナギは何度か見たことがあり、そちらも迫力があって感動する生き物なのだが、ニホンウナギの生きてる成体は初めて見るので貴重な体験だと思った。(しかも数十匹いたので、本当に良かった。)

 

海水水槽に関しては特に覚えてない。普通のものだったと思う。ペンギンとアシカの水槽が隣接していて、本来なら捕食関係にあるこの生き物たちが隣接しているのは双方にとってストレスなのではないかと思った。それから、アシカの方が体の大きな生き物なのに、ペンギンの方が人気の生き物だから水槽が大きくて、少しアシカがかわいそうに思えた。

 

その日は登校のために昼に起きた、つまり早起きをしたので、スカイツリーの水族館で眠くなって少しうとうとした。いや、それなりの時間うとうとしていたと思う。

 

スカイツリーを出るとすっかり暗くなっていた。また歩いて浅草に向かった。浅草の通りはシャッターが閉まって人混みがなくなっていた。そこで踞っているうちに22時くらいになっていて、雨が降り出したのでファミレス(デニーズ)に入った。終電が24時で、電車に乗って家に帰る頃合いかなと思ったが、1時間電車に揺られて帰宅してただ寝て過ごして日曜日が自然に終わったらまた1週間登校して、とこれがこの先数年続くと思うとなんだかすごくしんどくなった。帰りたくないと思って、24時までファミレスで勉強していたら終点がなくなって、そこで朝まで過ごすしかなくなった。

このことをツイートしたら人から心配されるかもしれないだろうと思って、Twitterでは言わなかった。ブログに書いても同じだと言われるだろうが、不思議とブログは誰も読んでない気がするので、全部書けてしまう。

 

僕は睡眠時間の短縮には本当に弱くて夜更かしもオールなんかも全くできないのでファミレスで一晩過ごすのは辛く、ネカフェで寝ようとしたが、ネカフェの利用に入会が必要で、身分証に学生証が使えなくて会員登録できなかったのでダメだった。(僕は財布を2つに分けていて、身分証はその日忘れた財布の方に入っていた。)

デニーズに引き返して、さっきも食べたチョコレートカフェをまた頼んだ。わざとらしいチョコレートの味だった。

 

何度か寝ようと体勢を変えて見たが店内の明るさと音で全く寝れなくて、寝させてもらえない拷問を受けているときの苦しみはこんな感じかなあと思った。ある程度したら眠いのかそうでないのかよく分からなくなってきた。お腹が空きすぎると平気になってくるような感覚だった。こういう時僕はおしゃべりになるが、喋る相手がいないので独り言をしていたのを覚えている。

お酒を飲み始めたときとか、判断力が弱り始めたと自覚があるときは余計なことを言わないように黙るけれど、本当に頭が弱っているときは僕はおしゃべりになる。とくに眠いときとかもそうだし、僕は根本的にはおしゃべりだと思う。口数が少ないと思われるのは、相手に何を言うか厳選しているうちにその人に言うべきことが全部なくなってしまった場合だと思う。

おしゃべりでなければこんなブログを書いていないだろうし、Twitterもしてないだろう。

 

寝られない苦しみを受けつつファミレスで仮眠して過ごしていたが、3時頃にとうとう気が狂ってしまいのろのろ歩きながらラブホに向かった。昼まで寝ようとしたがどこも空き部屋なく、諦めた。そのまま駅に行って、そこで始発が来るのを待った。さすがにあの場面でラブホに入ってたら「頭の悪い1万円の使い方2018年ランキング1位」に絶対なっていただろうし、行かなくて良かったと思う。今考えるとビジネスホテルに泊まるべきだったと思う。おそらく何度かビジホを目視していただろうが、ビジホと普通のホテルの見分けがそのときはつかなかったし、思考力もなかった。

 

雨が降っていて、風が強かったのでたくさん濡れた。地下鉄のシャッター前ではホームレスが寝ていて、そこで雨宿りしようとしていた僕はホームレスと一緒するのは嫌だと思ってしまったので、外にある小さな屋根のところで体育座りして始発を待った。風が強かったので小さい屋根では当然雨に濡れた。

それから始発に乗って横浜に帰ったが、3回寝過ごして3回余計な駅に着いた。そのうち1回が高校の頃の最寄りだったので、なんだか懐かしかったが、懐かしさを堪能するほどの余裕はなかった。

 

横浜は浅草よりも雨が強くて、傘を持ってない僕は帰るとき大量に濡れた。そのとき前日からの1日の全部を後悔した。

無意味に終電を逃すのはもう二度とやめようと思った。

家に帰りたくないとかそんな理由じゃなくて、本当は僕はあのときはどうにか死にたくて、でも死ねないから朝まで彷徨ってただけなのだと思う。

 

水曜日には上野動物園に行った。もうだいぶ眠くなってきたので文章が一層粗くなると思う。

パンダを見たけど、見ただけだった。ウナギの方がよっぽど見ていて面白い。パンダはただカラーリングが面白いということと、笹を食うというキャラクターだけで人から愛されることが確約されていて、非常にムカつく。絶対に好きにはならないと思う。

その日の夜は歌舞伎町で肉を食べたが、本当は歌舞伎町にはあまり行きたくなかった。男が騒ぎながら歩いているのを見るとすごく辟易とした気持ちになる。大人しくできないのかお前らは、という気持ちになる。うるさい犬を見てるのと同じ気持ちだと思う。ただそれだけなので、食べた料理やアルコールはかなり良いものだった。同行者も良かった。

寝よう。続きは今度書く。

ヒアリ

皆さんがブログを書いているので僕も書くことにした。しかし、何も書くことがない。これから書くことを考えることにする。

 

電車が来るまで3分くらい考えてみたが、やはり何も書くことは思いつかなかった。近況について、思い出せることから書いてみよう。

受験が終わった気がする。しかしこれはどうでも良い。

 

ペットボトル飲料のほうじ茶ラテが街から消えた。まず、セブンイレブンの棚から、その次に、自販機から消え去った。春になって暖かくなり、季節的に需要がなくなったからなのか、味が悪いことが周知とされたのか分からない。僕は、ほうじ茶ラテに関しては特許を取得するべきだと思うほど絶賛していたが……

 

今年の冬(去年の冬でもあるだろう)は、ほうじ茶ラテにゾッコンだったが、それだけでなく板チョコレートもよく食べていた気がする。

自分は食欲が慢性的にないので、よほど気に入ったものでなければ積極的に食べようとは思えない。しかし食事を続けなければ我々は死ぬので、生命維持の為の食事の機会というものが何度でもやってくる。そういうときは心を無にして味覚を意識から遮断し、これは作業だと思って、とにかく口に入れて噛んで水で流している。野生動物みたいで、品が悪い。だから僕が食事をしているところをあまり見られたくない、という気持ちがある。

何を話したかったかというと、僕が一時期に同じような飲み物、お菓子、料理にハマるのは、このような強い偏食傾向が由来している。コンビニに食料を求めて入ると、たくさんの既製品の食料に圧倒されて、自分はどれを食べれば良いのか、ということが全く分からなくなる。このような症状は自覚する限り中学生の頃からあった。(中学生の頃には塾の都合でコンビニで夕食を買う習性が出来ていた。)

そうすると、偏食の仕組みに合わせて、何か一つ、決まり切った商品を迷いなく選ぶことを続ける、ということが時間を失わないための良い手段となる。

このように、自分は同じものを買い続ける、それがなくなると何を買えばいいのか選べなくて困る、という性質があるので、街からほうじ茶ラテが消えたのはかなりショックだった。温かい飲み物が飲みたいときに毎回迷わなくてはならなくなった。

まあそれも今日の気温の感じだと温かい飲み物を飲みたくなる機会は減りそうだし、次の冬まではもう問題がないのかもしれないが……

 

区役所で書類をたくさん発行した。近くにチューリップがたくさん植えられている公園があり、チューリップが良かった。肉厚な植物を見ているのは楽しい。ランとか特に好きだ。

チューリップを見ているとなぜか美味しそうだなあと思えてきたので、花びらを一枚かじってみたくなったが、たしか毒があったような気がしたのでやめた。

 

人間が生きていて、羨ましい、という気持ちを覚えるようになった。これはきっと大きな進歩だ。電車に乗るとたくさんの大人がスーツを着ている。道路にはたくさんの車が走っている。彼らは別に遊んでいるわけではない。生きるために仕事をして、お金を稼いでいるのだ。

朝起きて、毎日毎日働いて、夜に帰り、それで生きている。

街中でべったりとくっつきながら歩いている学生の男女がいる。

女の子がツイッターで恋人の話をしている。

気温が暖かくなると勝手に桜が開花する。

つい最近まで大人しく枯れていた紫陽花は、目を離した隙に葉を緑色に直している。

地面からオオクロアリが湧き出て、元気よく歩き回っている。彼らもまた遊んでいるわけではなく、食い扶持を得るために昆虫の死体などを探している。クモもいる。ゴキブリも出てきた。

子供たちが大学の新入生になる。スーツを買う。授業が始まる前から"お友達"のグループを作り出している。

人に恋愛の悩みが発生している。人に恋愛の欲求が発生している。

人が、執着心を見せたりしている。

落ち着いた夜のカフェがある。お酒を飲むためのお洒落なお店がある。肉を食べるための場所がある。電車が音を立てて走っているが、これも何となく走っているのではない。鉄道会社が運営して、仕事に向かう人々と、仕事から帰る人々を運んでいる。ペンペン草も、きっと伸びているだろう。

 

全てが僕にとっては遠い世界だと思う。自分は決してそれらになれない。強い隔たりを感じる。どこが違うのか、よく分からない。生きる力が、君たちにはある。僕にはない。僕は、自分はきっと明日死んでしまうだろう、と思っている、そこがダメなのかもしれない。生きてみたい。言葉というものを発してみたい。考えというものを持ってみたい。ツイッターを使ってみたい。はてブロに記事を投稿してみたい。本を読んでみたい。車というものに乗ってみたい。音楽を聞いてみたい。食事をしてみたい。恋愛をしてみたい。魚を見てみたい。川の水に触りたい。匂いのしない花でも、匂いをかいでみたい。大きな鳥の羽根に触ってみたい。トンネルに響く音を聞いてみたい。人の髪に触ってみたい。人の肩の関節の動きを見てみたい。他人が理解できる考えを持ってみたい。人間になってみたい。他人に共感をしてみたい。脳や顔面というものを持ってみたい。声を出してみたい。服というものを着てみたい。日差しというものに当たってみたい。信号が変わるのを待ってみたい。他人から影響を受け、他人に影響を与えてみたい。今日が始まって、今日を終えたい。

 

今まで一度も、どれもしたことがないだろう。きっとこれからも全てできない。