読む毒

8歳の女児です。東京大学理科1類を目指して浪人をすることになりました。このブログを読むとあなたの貴重な時間が消えます。

2017年7月22日 もちもち

夏休みが始まったということを知ったのは妹たちが平日なのに家でダラダラしてるからだった。もちもち。

 

夏休みといってもやることのないもちもち僕には、もちもちもち何が良いことがあるわけでもなくもち、ただ暑いだけでいつも通りなのだけれど。もちもち。

 

ということで夏を有意義にもちもち過ごすべく、もちもちもちもちもちもちツイッターをなるべくもちもち控えることにもちもちもちした。

 

この日差しのもとでは何をしていてもだらってしてしまうのだから、普段以上に気を引き締めてもちもちやっていかないと、全てがだらっとしたもちもちもちもちになってしまもちもちもちもちもちもち

 

もちもち。夏に耐えてまでやるべき事がもちもち何なのかは知らないけれど。まあ信玄餅食べて本読んで、もちもち。と数学とかもちもち労働とかをすれば良いのではないだろうか。もちもち。もちもち。

 

ということでツイッターを控えて、部屋に入った蚊を殺し、金魚に水をやり、誰かと出かけて、日傘で相合もちもち全身がもちもちともちもちともちもちと溶けて、もちもちとした透明な信玄餅にならないように気をつけよう、もちもちもちもちもちもちもちもちもちもちもちもち

2017年7月11日 鎌倉に行った(修正版2)

ブログを書けと言われたので書く。といっても特にやったことはない。人生で私が何かをしたことは一度もない。

 

一昨日は現実から逃げて鎌倉へ行った。今年になってから3回目だ。鎌倉は良いところだ。何度でも行きたい。ただ紫陽花が見れなかったのは少し残念だった。けれど来年があるのだから、もし僕が来年まで生きていて、かつ鎌倉が存在していたならばその時は行きたい。

 

それから12月になると紅葉で明月院の本殿後庭園という場所が公開されるので、冬に観に行くのも良いと思う。

 

今回は円覚寺明月院、佐助稲荷神社、報国寺の4箇所を回った。iPhoneのカメラが壊れてるから写真は全てiPadで撮ったのだがそれをまだiPhoneに移し終えてない。一応いくつか貼っておこう。写真にいるのは友人で、許可なく乗せている。怒られたら消します。

 

円覚寺 黄梅院

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円覚寺の最深部。行けば分かるが、ここはまさに隠された箱庭だった。

 

明月院

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ここは紫陽花の時期ならば石段の左右に青い紫陽花の花があった。まさに両手に花ですね。

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ウサギと亀

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人間
紫陽花が剪定されてしまっていて残念だった。園内はほとんど紫陽花が植えられているので開花時期に入れればきれいだったろう。2週間前にも北鎌倉に行ったのだけれど、そのときは待機 2時間待ちでの入園だったので断念した。月とウサギということなのだろうか、明月院のなかには生きてる白いウサギがいた。

 

佐助稲荷神社

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連なる鳥居

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たくさんの稲荷様

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苔と稲荷。ペアの片方が落ちて割れているから3体ペアになっている。

 

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葉のみどり色が気持ちいい

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古い祠

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本殿

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佐助稲荷に行くのは今年3度目だ。鎌倉はそんなに近い場所ではないから消して気軽に行けるというわけではない。もしかしたら僕は狐に取り憑かれてるのかもしれない。

 

報国寺
まだ写真をiPhoneに移してない

 

なんだか私は苔、小さな川、竹、木造建築、石段、頭上の木々、鳥の鳴き声などそういったもの囲まれていると落ち着くということがわかった。都会の喧騒から逃げたくなったら何度でも鎌倉に行こう。昔の人たちが別荘として造った、隠れ家的な箱庭に足を運ぶと、いつまでもそこで落ち着いて数学書でも読みたくなってしまうのだけれど大概はそこで数学を読むことは許されていないのが残念だ。

 

今日の話。今日は数学をやってただけだった。夏には友達と遊ぶ約束がいくつかあるのだけれどお金の用意を全くしていない。稼がなければいけないな。

 

月がきれいだね。最近ずっと月がきれいだ。何故だろう。

 

こうして毎日勉強したり、遊んだり、お金を稼いだりしていると、まるで普通の生存を享受している人間みたいだな。

 

僕は生存なんてちっとも享受したくない。全ての幸せは、ただ生存に適応した脳がそう思わせているだけだ。生きてる時間は全て無駄だ。生きてる上での労力も、生命維持も全て無駄だ。疲れるだけだから早くやめたほうがいい。生存は早くやめられるに越したことはない。生存が全て悪い。生存をやめろ。お前のそのくだらない執着をやめろ。人間関係なんてくだらないものに左右されるのをやめろ。生殖なんてくだらないものを美化するのはやめろ。人の内臓に、人の体を入れて、粘液がぬるぬるして、楽しいわけがないだろう。将来の夢に向かって何時間も費やすのをやめろ。労働して稼いだ金で遊ぶのをやめろ。布団の中で意識を失うことを心地よいと思い込むのをやめろ。他人を信じるのをやめろ。ただ空気が振動しているだけのことに魅力を感じるのをやめろ。活字が並んで物語を作り上げることに魅力を感じるのをやめろ。人間を美しいと思うのをやめろ。植物を愛でるのをやめろ。生き物の死骸を加工して食べることに魅力を感じるのをやめろ。全てに意味はない、命と時間を大事にして生存をやめろ。

 

今日の話をしてなかった。今日は勉強したあとに、横浜駅の東口にある浜虎というラーメン屋さんがリニューアルしたので友人と食べに行った。新メニューの味噌ラーメンと、あさりスープの2つがたいへん美味しかったので、明日にでもまた食べに行きたい。そのあとヨドバシでヘッドホンを試聴した。音がすごく気持ちよくて、ヘッドホンなしで音楽聴くのは馬鹿らしくなってしまった。3万円は高いけれど頑張って買ってみよう。みんな1度使ってみれば分かるよ。ヘッドホンは本当にすごい。もし違いなんてないと思うのなら君は安いイヤホンで音楽を聴くのに向いてるから恵まれている。

 

みなさん、品性をもって賢く生きましょう。

 

加筆:浜虎は味噌ラーメンがオススメです(画像は醤ラーメン)

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2017年6月29日 無題

紫陽花の花も衰えて、いよいよ夏が始まろうとしていますね。でもまだ夏は遠いか。蝉も鳴いてないし。

 

特に何をしたわけでもないのだがフォロワーのはてブロが面白いのと、その日記が毎日更新されているのを見て初心を思い出し再びブログを書き始めることにした。

ちなみにそのブログはこれ。

http://kusomaguroman.hatenablog.com

 

先日鎌倉に出かけたので気力があったら旅行記みたいなものを書きたい。鎌倉には頭のおかしい友人と出かけたのだけれど、そんな日記は書きたくないので恋人と行った風に捏造して書こうかな。

日記で嘘をついていけない決まりはない。

 

保型形式やらZeta関数やらを勉強している中学生のヤバいタンパク質たちを見ていると自分もこんなところで油を売っているべきではないなと思う。

 

最近よくない夢ばかり見ていて本当にしんどい。寝つきも悪くなった。嫌なことだ。

 

森見登美彦の『恋文の技術』を読み終わった。実に半年近くかけて読んだ気がする。書簡体小説というのはなんだか読みにくい。話自体はとても良かった。次は『若きウェルテルの悩み』でも読もうかなあ。恋文ものなのに温度差激しすぎるからやめとくか。

 

自己分析を恒常的に行う内向的な人間なので自己分析の結果を鍵垢でよくツイートするのだけれど、僕みたいな人間の内心をタイムラインに流されているフォロワーは堪ったものではないだろう。僕も堪ったものではないなといつも思っている。かといってブログで書く気にはあまりならないんだよなあ。

なんとなく、僕はまとまった思考を140字にまとめるためにツイッターを使っているのかもしれない。ブログでは延々とかけてしまうので簡潔さが必要なくなる。

 

というのは言い訳で本当は誰かに見てもらいたいのかもしれないなあ。

僕はそうではないと思っているけれど。

2017年6月23日 初夏17時

髪が伸びた。髪を切っ
た。風が首を撫でるの
は久しぶりだから、自転車を漕いでいたら海
があった。等間隔のベンチ、
パウリの排他律
でもそこにいるのはカ
ップルじゃない暇そう
な若い男性たち、土曜
日だから酎ハイを飲んで、ああ

 

 

自転車を留める。バイクが並んでいる。太い道路に車が走る、赤レンガ倉庫の前のタイヤ痕、きっと誰かが車で遊んだ。パトカーに追われたかもしれない。

 

 

赤レンガ倉庫、原っぱ、茶色くて楕円形の落ち葉、クローバー、白くて
小さな花がばら撒かれたように。で
も踏まれて汚い、綺麗、ではない
。小さな子供が通る、ぼくの足よりも背が低い、


「すいません」小さな声で横切る、ぼくは何も言わない、この子はぼくよりも礼儀
ただしい。

 

座る人々、2人組、2人組、2人組……

 

棒を伸ばす、スマホを括り付けて自撮り棒、カシャリ、カシャリ。
イヤホンをつけて1人歩く女性、白い長いスカート、ぼくを睨む、ああ

 

風が吹く、木が騒ぐ、鐘が鳴る。高い金属のおと。甲高くて薄いおと。うるさい、笑ったカップル、縁結びの鐘、そんなことしなくても縁は結ばれてる。

外国人、集団、まとまって、荷物を持ち

端に寄る


釣りをする大人たち、ねこがいる、オジサンに甘えている、鳥がいる、ハト、スズメ、スズメ、ハト、スズメ、スズメ、スズメ、スズメ…… 塩くさい

 

引き上げられた魚、銀色、反射して、きらめく、小さな、
跳ねる

銀のスプーンのように、跳ねる、反射して、アスファルトの上で

走る大人、ランニング、コース上ぼく回避して、木の枝

 

誰もいない、いやいる。
どこだここ、海の向こう、建物が多い、近い、象の鼻パーク
らしい


連なる見える、四角、立体、窓、窓、タワー、アンテナ、「何してんの」ああ後ろのカップル、いや何してんだ彼氏さん危ないから柵の向こう
に戻って。

 

大桟橋、ひとが蠢く、小さな点みたい、アリみたい、ハトが、落書き、海の向こう、白く霞む、橋、塔、クレーン、建物、光、チカチカ、チカチカ、ベンチ、2人組、頬ずり、海の向こう、光る、工場?、白い箱、箱、立体、塔。

 

船がよぎる、裂かれた海の波面が広がる、広がる。

 

広がってい
るらしいよ

 

赤レンガ、夕焼け、ランドマークタワー、屋台、ラーメン?、食えばいい、お腹すいた窓ガラス長い、カフェテリア、オシャレ、はあ、よくも飽きずこんなにひとが、経済を回して、バイトさんこんなにひとがいたらきっと忙しい。
不思議なもんだ、帰ろう

 

2017年6月5,6日 大きな絵,紫陽花

お腹が空いた。

気付いたら朝になっていた。ミュシャ展へ行った。今朝は着物が家に届いたからそれを着た。雪駄が歩きにくかったがやがて慣れた。着物は涼しいのでこれからも着て良いかもしれないと思った。

 

中目黒に着いた。ファッションモデルのような服装なひとたちがたくさんいて、僕しか着物を着てないので少し気が引けた。でもむしろ私服でここに来るよりかは誤魔化せて良いかなと思えた。Air Jordanを履いてるひとがいたり、Raf Simonsのozweegoを履いてるひとがいたり、off-whiteのデニムジャケットを着てる金髪の女のひとがいたり、中目黒はすごい街だと思った。

 

六本木についた。歩いていたら新国立美術館についた。待ち時間100分の間に僕の前に並んでいた白髪混じりの女性が僕を撮影した。僕は断れなかったけれど本当は恥ずかしくて、ただ鼻頭と額に汗がにじむのを拒んでいた。

 

ミュシャ展に入った。スラブ叙事詩は全20作で、それを見ているだけで1時間20分も経っていて、とにかくお腹が減った。それから、4時間しか寝てないので眠かった。普段10時間寝てる僕からすれば4時間は十分に短い。

 

スラブ叙事詩を見終わって、ポスターを見た。良かった。とてもね、スラブ叙事詩よりもやはりポスターの方が見応えがあったかもしれない。

 

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これはねこ

 

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盲目の老人と、聖書を読む若きMuchaがモデルの青年

 

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ハーブを弾くMuchaの娘がモデルの女の子

 

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ぼく

 

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Slavは人類のために

 

ぶっちゃけスラブ叙事詩よりもポスターのがうんと好き。

 

iPhoneのカメラが壊れているので、写真は全てiPadで撮った。それを新国立美術館のフリーWi-Fiを使ってiPhoneに送った。Mucha展はかわいい女の子が多かった。いつか趣味や性格の合うような人と僕が交際したりしたときに、この中の誰かがその人だったりすることもあるのかな、なんてふと思った。恋をしていない今は新しい恋に想いを馳せるしかないからね。

 

Mucha展が終わった頃には着物疲れと寝不足と空腹と、寝不足による頭痛があって最悪な気分になっていた。面白くない。うずくまっていたら知らない人に心配されたのでこれではいけないと思って歩き出した。もちろん、日記で悪いことばかり書いている今だって本当はいけない。

 

横浜で好きなラーメン屋に行こうとしたら改装中で7月までやってなかった。浜虎という場所で、僕はこだわりが強いから、浜虎がないなら他には何も食べたくない、要らないなとか思っていたけれど、それではいけないと思って他のラーメン屋に行った。わざと道を迷ったりしていた。

 

どうにかして家に帰った。具合は良くなった。東京では雨が降って、それが僕が寝ている間に横浜まで広がって、この辺でも雨が降っていたらしい。でもその時間の僕は頭痛で呻いて寝ていた。それからまた朝になって、起きて、何かしていたら今になった。公園に行くまでの道に紫陽花が咲いていた。今年は、鎌倉に行けるかな。紫陽花を寺で見たい。風鈴の音が聞きたい。隅田川で花火が見たい。水族館でクラゲが見たい。金魚の展示だって見たい。なんだか観覧車に乗りたい。大きな夜の東京湾が見たい。パフェを食べてみたい。本を読みながら釣りをしたい。海で泳ぎたい。投稿してない日記に気付いたので、投稿した。

 

閲覧数が減ってきたのでやる気がなくなってきた気がする。もう、君は、僕のブログを読んでない。

 

https://m.youtube.com/watch?v=Ghjdm0owJBg

2017年5月30日 幻想の遺伝子

薄々分かってると思うけれど、僕の日記のタイトルは日記の一番最後の文章から取っていることが多い。今日は前半は音楽の話、後半で幻想の遺伝子の話をする。

 

今日は9時くらいに起きた。7時43分には起きれなかった。それから二度寝して、14時半になってからやっと起き上がった。


その間に夢を見た。変な夢だった。俺が女の子になってレイプされそうになって抵抗して男を殺す夢だった。なんでこんな夢を見たのか全く分からない。レイプされそうになったのが俺ではなく、レイプしようとした男こそが俺だったのかもしれないなと少し思った。

 

People In The Boxの『聖者たち』という曲が昔好きだったことをふと思い出した。寝られない夜にこれを聞くと、いつもすぐに寝られた。この曲が出てから2年8ヶ月も立ってることに驚いた。時間はこんなに変わってしまった。

 

『飛行船』『聖者たち』
https://m.youtube.com/watch?v=UCDg5gLGMAY

(このMVの後半の曲)

 

歌詞は詩的すぎて曖昧で難解に聞こえるが僕は好きだ。声や曲調も、マスロックな構成も好き。

 

どうしてこの曲は”聖者たち”なのだろうか、それが3年経った今も分からない。聖者たちはなぜ終わりを告げて欲しいのか。それは今は分かる気がする。

 

『ニムロッド』
https://m.youtube.com/watch?v=LME2bCe3_J8

 

『旧市街』
https://m.youtube.com/watch?v=S0TOzCdI2OQ

 

マスロックと言えば、the cabsなんかが僕は好きだ。もう解散してしまったバンドだけれど、優しい声と、繊細かつ空想的な歌詞と、なにより曲が本当にかっこいい。

 

『Anschluss』
https://m.youtube.com/watch?v=5BSJ4NIotp8

 

『二月の兵隊』
https://m.youtube.com/watch?v=6qsXxKawUos

 

cabsで一番好きな曲は『花のように』だけれど、ここに載せられる音源がないのが残念だ。既に解散してるバンドなのでSound Cloudとかなら海外から違法アップロードされてると思うけど。

 

歌詞が本当にいいのでツイッターでthe cabsの歌詞botをフォローするなり、ググってみるなりしてくれたら嬉しい。ちなみに解散はドラムが失踪したことが原因で、メンバーたちの現在は ボーカルはKEYTALKに、ドラムも一人で活動を再開していて、ベースも違うバンドでやっている。cabsで歌詞を書いていたのはドラムで、今はÖsterreichという名前で曲を出している。Österreichの歌詞も良いので、聞いて見て欲しい。Sound Cloudでたくさんの曲が聴ける。

 

それとSound Cloudっていうのは音源投稿専用のサイトで、YouTubeから映像を抜いたみたいなもの。休日に有名じゃないアーティストの色んな曲を聴き漁るのが趣味だったが、最近は全くしてないな。

 

他にも最近好きになったバンドに、”忘れらんねえよ”とかがあるけれど、この辺で話を切り上げる。

 

 

 

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Peopleの『聖者たち』という曲には、「噛み合う蛇」という歌詞の一節がある。噛み合う蛇とは何だろう。

ouroborosは自分の尻尾を噛む大蛇で、無限の象徴として捉えられてきたが、それは、噛み”合う”蛇ではない。少なくとも1匹より多くの蛇がいて、互いを噛み合っている。喧嘩でもしているのだろうか。なぜ喧嘩をするのだろうか。ちなみに毒ヘビは自分の毒に対する抗体があるので、毒ヘビ同士で噛み合っても毒では死なないらしい。

 

「噛み合う蛇」とは「絡み合う蛇」のことを言ってるのではないかと思った。

蛇は交尾をするときに情熱的に絡み合う。そして数日間、ずっと交尾をしているらしい。こんなに強く絡み合っていると、傍から見たら、締め殺し合ってるようにしか見えないのだけれど、彼らにとっては情熱的なセックスだ。そんなことって人間にもあるよなと思った。

 

外から見たら憎み合ってるようにしか見えないけど、それが本人たちにとっての愛情表現みたいな。そんな捻くれた生き方は僕はしたくない。

 

噛み合うような交尾もある。鮫とか猫とか。人間もセックスしてるときに甘噛みをする気がする。


ネコ科の動物がオスがメスの首を噛み付くのは有名だ。あれは、オスのペニスに逆トゲがあって、挿入時は問題ないけれど抜くときにメスの膣内が引っ掻かれて痛くなるので、それでメスが暴れるのをオスは首を噛んで抑えるらしい。膣内に引っかき傷を作るのは、その刺激によってメスが排卵する仕組みを持ってるからで、そうする理由もきちんとあってなんかこれ以上書くのは面倒だから書かないんだけど(知らないのではない)。痛そうだなあと思った。その点、人間のセックスは基本的に気持ちいいから良い。人間は一年間発情期の珍しい生き物で、そして何度もセックスをする習性を持つ。ただ年間発情期のために毎月の月経があるのは痛いよなあと思う。

 

蛇の話に戻る。蛇の精子は1度の射精でメスの体に1〜2年も生き残るらしい。人間からすると怖い話に聞こえる。精子を体内に保管する生き物はわりと普通だ。ゴキブリとか。テレゴニーというのは、こういう性質を見て昔の人が勘違いしたんじゃないかなと思うこともある。

 

テレゴニー(telegony)というのは、先夫遺伝とも言われるもので、かいつまんでいうと、メスには以前交尾したオスの遺伝子を保存する機能があって、今のオスとの子供の間に前のオスの遺伝子が影響して生まれてくるという説だ。ハエなど一部の動物に実際にテレゴニーを持つ生物がいることは既に明らかになっている。


19世紀後半までは人間にもテレゴニーがあるという迷信が広くあったが、今では証拠がなくどちらかと言えば否定されている。しかし、まだ有力ではないがそれを肯定する説もそれなりにあるらしい。

 

Wikipediaによると、
精子による女性生殖器内の体細胞への侵入、妊娠による胎児の細胞を経由したDNAの結合、精子から放出されたDNAの母体体細胞への取り込み、母体血中に存在する胎児のDNAによる影響、体細胞への外来性DNAの編入、精子や胎児に含まれるRNAによるエピジェネティックスな非メンデル遺伝”などがそれを支持する根拠らしいが、どのくらい妥当なのかは僕には分からない。ソーカル事件という話もある。それっぽい単語が並べられているからって、鵜呑みにしてはいけない。

 

もし人間がテレゴニーを持つという話が本当なら、何だか遣る瀬無いなと思えてくる。セックスなんて、きっとそんなに慎重に選ばれて行うものじゃない。でも子供が昔の夫に似ていたからってなんなんだ?僕は自分の子供が欲しいなんて全く思ってない。それなのに、なぜ嫌な気持ちになるのか分からない。俺は生殖したいなんて気持ちを持ったことは全くないはずなのに、胸が苦しくなるし、脳の後ろ側を舐められているような嫌な感触がやってくる。テレゴニーが事実だという話自体が嫌だと思えるけれど、僕がその話を聞いて嫌だと思う程度の生殖欲求が僕にあることを知らされるのはもっと嫌だ。個人の幸福を求めるとき、生殖はあまり効率が良くないということは現代人なら誰でも知ってるだろう。
セックスは嫌いじゃないが生殖に興味はない。なのに、脳はそうじゃないのかな。俺が思ってることと、体が本能的に湧き起こす感情が不一致を起こしていると、すごく嫌になる。本当に俺の意思ってなんなんだ、そんなに貧弱なのかと思ってしまう。
テレゴニーの話はこれ以上したくない。僕は人間にはテレゴニーなんてないと思う。嘘だろう。膣内という殺菌能力の高い環境で、精子が無駄に生きてるはずがない。人間の生殖形態は他の動物と違うところも多い。というか生殖形態なんて千差万別だ。

きっと人間には今の恋人が他の誰かとセックスしていた過去を認めたくない気持ちが根付いているから、テレゴニーなんて幻想を生み出してしまうのだと思う。しかし、テレゴニーを本能的に理解してるから、恋人の過去のセックスを認めたくなくなるのだと言う人もいる。そこまで言われると分からなくなる。

テレゴニーと、テレゴニーの否定と、どちらが幻想なのか、俺は分からない。