読ん毒

9歳の女児です。東京大学理科1類を目指して浪人をすることになりました。このブログを読むとあなたの貴重な時間が消えます。

2017年11月4日 存在の耐え難き地獄

位相空間帰納次元をブラウアー・ウリゾーン・メンガーの次元と呼ぶ言い方を知り,名だたる数学者たちの名前が並んでいるのが気持ちいいのでいつかこの呼び方をしてみたいと思った。最近は数学が面白くて,生活や迫る受験への勉強が全く進まない。センター試験まで70日もない。無駄なことはしないようにしたいが,数学を学ぶことが破滅へと続いていると分かっているのにやめられない。きっとみんなそうだろう。遅刻寸前の二度寝のようなもの。違うか。

 

季節は変わり,終わりが近づき,11月になった。何の終わりだろう?冬になるととにかく終わりが近づきつつあるという気がする。冬から春への景色の代わりが劇的であるからそう思うのかもしれないし,年末あるいは年度末といった要素が僕にそう思わせるのかもしれない。

 

久しぶりに自分のブログを読み返したら何を言ってるのかまるで分からないので,自分の中の別の自分を見たような感覚がして,怖くなった。見てはいけないものを見たと思い慌てて記事を消し始めたが1つずつ全部を消すのは面倒だったのでブログを非公開にして触れないことにした。
しかし非公開にしてから1日も経たないうちにフォロワーからブログが見れないことを指摘され,もしかしたら自分は他人の楽しみを奪っているのかもしれない,自分に人の楽しみを奪う権利があるのだろうか,と考えると分からなくなってしまったので公開し直した。

 

日記なので今日何をしたか書こう。水槽の掃除をした。終わり。青銅のような綺麗な殻を背負っていたタニシが死んでしまったのだが,その殻が水槽の底で劣化してボロボロになり,鱗がめくれるようにぱらぱらと崩れたのが印象的だった。と思ったらゴキブリが水槽に転落死したらしく,ゴキブリの何枚か重なっている翅が崩れる様子を見ているだけだった。

 

最近困ったことがいくつかあり,一つは夜に寝れないことで,もう一つはお金がないことだ。これは最近と言うよりは昔から今までずっと続いていることだと言ったほうが適切かもしれない。寝れないのはどうも頭の調子がおかしくなってしまったからで,これ薬があれば解決できる。そして薬はお金で買うことができる。よって全てはお金の問題だと言い換えることができる。お金がない。お金は運と労働によって手に入れることができて,このうち確定的に行動ができるものは労働なので労働すれば良いのだが,僕にはこれ以上たくさんの労働をするような余裕がない。労働をするには時間と精神と体力と能力の余裕が必要だ。能力は仕事の内容のさじ加減といった要素が強いので置いといて,問題は時間と精神と体力だ。一番重要なのは時間だろうか。時間のない人間はどうやっても労働はできない。何故これらがないのか。理由は僕が浪人していること,犬の散歩に1時間以上かかること,食事を用意して食べるまで時間がかかること,夜に寝れないこと,心が弱いこと,時給が低いことなどに見出せそうだ。これらの中には直ぐには解決できないものもあれば,お金で解決し得ることもある。
よってお金がないので余裕がない,余裕がないから労働できない,労働できないからお金がないという循環をしていることが分かる。この循環を繰り返していれば間も無く全てを消耗して破滅する。どうすればいいだろう。身を切り詰めて余裕を作ることを一般に"気合いを出す"と呼ぶが,気合いを出すこと破滅が逃れられるかもしれない。あるいは破滅を受け入れる手もあるだろう。破滅を受け入れる態度を人は"大人になる"と言う。大人になるのが良いことかどうかは分からない。

 

前髪が長くて目に入るので目が乾く。紅葉を見に行きたいね,とか添い寝したいね,なんて話を誰かとしていたのだけれど,紅葉に関してはどう考えても見に行く余裕がない。欲を言えば川と寺社も見たい。山や畑も見たいけれど,畑は欲をかきすぎたかな。紅葉と川と寺社があればいい。適切な候補として鎌倉,三鷹深大寺,高尾山あたりを思い浮かべる。センター試験まであと70日もない。今年は諦めることになりそうだ。添い寝をする相手ももちろんいない。(銀座にある昼寝カフェで僕と昼寝するメイツを募集します。デカい猫,具体的にはメインクーンの方はこのブログを読んでもし興味があったら連絡してください)

 

今日の日記のタイトルはファイアパンチ7巻の帯にあった言葉を使った。漫画の帯の言葉は結構好きだ。しかし漫画の帯は話題性も保存性もないのですぐに忘れられてしまう。残念。

ファイアパンチは好きな漫画だ。主人公が何かを解決しようとして行動するたびに全てが台無しになるのが見ていて面白い。この"全てが台無しになる"のスケールが大きくて,何万人とかの人間が死ぬので面白い。シェフが料理する様子をきちんと見守った後に晩餐のテーブルから皿を全て落とすような感覚。これだけを言うと趣味が悪い人になってしまう。他にも面白いところがある。ファイアパンチの何よりも魅力は,迷走しているようにしか思えない展開が後から読み直すと整ったひとつのストーリーになっているのがすごい。どう見ても正解ではないと思っていた展開が,後になるとこれ以上ない正解になっている。宗教,映画,演技,嘘,特殊能力などといったばらばらの題材が一つの話にまとまっているのもすごい。本当にすごいのでオススメ。

他に最近読んでいる漫画と言えば宝石の国がある。宝石の国の主人公も行動するたびにみんなに迷惑をかけているが,失態の代償として自分の身体と記憶という大きなものを失いながらも,主人公が確かな成長を遂げているのが心苦しいようでいて見守りたいような気持ちになる。なにより宝石の国はキャラクターがかわいくて生き生きとしていて,みんなそれぞれ個性を持って支え合っているところが良い。

それから少女終末旅行も面白い。内容は遥か未来に人類が滅んだ世界で少女二人が何気ない会話をしながら旅をしているだけに見えるが,色んなところから退廃や死が覗き見えるのが面白い。二人は食糧を失えば飢えて死ぬし,燃料をなくして車が動かせなくなっても死ぬ。建物の倒壊に挟まれても死ぬし,極寒の中で寝る場所を見つけられなくても死ぬ。何気なく話しているけれど二人は死に囲まれている。ポストアポカリプスの世界でかつての人々の暮らしの痕跡に触れるシーンも感傷的かつユニークで面白い。二人の旅の行く末を想い,目が離せなくなる。

 

漫画の紹介をしているのか怖い話をしているのかよく分からなくなってきた。人間の生殖とか,単連結な3次元閉多様体とかのもっと面白そうな話をしたいが,これ以上書く気がないので友達が撮った工場の写真を貼って終わる。綺麗な景色を共有できるからカメラはすごい。健康になりたい。

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2017年9月26日 浪人生はなぜブログを書きがちなのか

暇だから。

 

今日はホットケーキを焼いて食べたのだが何も分からなくなった。

今は釣り堀で魚を釣りたい。魚が釣れるかは分からない。

YouTubeは無断転載の温床になっている。

ガスコンロに何故か雑巾おいてあって、火をつけたら焦げてしまった。その煙を吸ってから気分が悪い。最近は気分が悪いことが多い。

受験勉強をしないで代数的位相幾何にハマっているとまた浪人しそうなので控えておきたい。祖父の遺品にオモチャのような指輪がいくつかあって、なんとなくはめている。

あと1ヶ月したら保健所で性病検査を受けてみようかな、と何となく思った。献血をやってみたいから。献血っていくらウィルスを除菌していようと、多くのフィルターから外れるような特殊な菌が紛れたりするようなことってないのかな。

パンケーキは牛乳を入れすぎて薄くなって、失敗してしまった。

2017年9月10日 6494文字

最近何したっけ。なんか色々した記憶があるなあ。顔を知らない祖父の遺品整理したり、友人と車で日本の上半分を周回する旅行計画を立てたり、女の子と新江ノ島水族館に行ったり、女の子と観覧車に乗ったり、犬に噛まれて血を流して感染症で生命の危機に瀕したり、ミサイルが日本を通過したり、量子力学から熱力学第二法則が導出されたり、世界が終わったり。勉強はしていない。僕たちは自分の小ささを忘れるために大きな物事を好むので世界が終わるとかそういう話が好きなんだと思った。どこから書けばいいのか分からない。 思い出した順に書いていくことにしよう。まず僕は1998年8月9日に出生し、今は京浜東北線の終点の大船駅に電車で運ばれている。あるいは父親が私の自転車を盗んだので駅から歩いて家に帰っている。あるいは喉が痛い。あるいは日をまたいで書いている……

 

京浜東北線は非常に怖い。窓から見える景色が怖い。というか横浜の地形が非常に怖いのだ。横浜は盆地のようでちょっとした凹凸が多い。小さな山や突然の崖が乱立してる感じだ。ところどころに急斜面が発生し、それに伴って階段が発生する。この凸凹とした地形に合わせて住宅街は展開され、気持ち悪い場所にキモい形の一戸建てが建造される。植物をあえてキモい形に育てている盆栽を見ているようだ。もし盆栽が目の前に1つ飾られているだけならすごいと思うだろうが、地平線いっぱいにぎっしりと詰まっていたら怖くなるだろう。横浜の住宅街を見ているときの僕の気持ちはそんな感じだ。それだけではない。住宅街がこれだけあるということが怖い。住宅街の地平線を皆さんは見たことがあるだろうか?そこには山はない。そこには海はない。そこには畑はない。そこには田んぼはない。そこには森はない。そこには高層ビルはない。そこには住宅街しかない。人が住む一軒家とそれらの間を縫うように通る細い道路、血液のように流れている自動車、時折の団地や地域的な商業施設があるだけだ。これは非常に恐ろしい。この地平線いっぱいに広がる住宅街の家1つずつに人間が住み、家族がいて、生活をしている。仕事に行くもの、学校に行くもの、昼間に起きて二日酔いのまま大学に行くもの、学校をサボってネトゲをするもの、生理で学校を休んだもの、夕飯の買い物をするもの、部屋の掃除をするもの、帰宅して制服を脱ぎ夕飯まで漫画を読むもの、共働きの両親がいない昼間にセックスをしているもの、直ぐに予備校に出かけたもの、コンビニに行くもの、夕飯を作るもの。あるいは仕事のないもの、ワンカップを持って公園のベンチに座っているもの、ショッピングモールで高い服を買うもの、水族館に行くもの、大麻を吸っているもの、出産するもの、殺されたもの、病死したもの、自殺するもの、そういった大量の人間たちが1度に私の視界の中に存在していて、蠢きながら私と全く関係なく生活を営み、金を使い、思惑を巡らせ、人に危害を加えたり仲良くしたり、そんなことをしているのだと思うと、膨大な海を見たり夜空を見たりすることよりも遥かにゾッとする。コンクリートの下にヒアリの巣を見つけたとか、家の屋根裏にシロアリの巣を見つけたとか、そんな感じがする。ゾッとするんだ。ゾッとする。地平線いっぱいに歪な盆栽のような形をした植物が植えられており、その間を大量のヒアリが繁殖している——ような怖さがある。そのような場面を見たことはないし、そのような場面を見たときに感じるものとは確実に違うので、実際どうなのか知らない。


今日は月が綺麗すぎる。この間iPhone7に買い替えたが、どうやらまだiPhoneのカメラでは、この橙色を帯びて丸く力強く発光する月の綺麗さを捉えきれない。残念だ。月は1ヶ月周期で綺麗になるので、その度に「ああ1ヶ月経ったな」と思う。それから図書館で本を借りたとき私は2週間で読み終わらないので(一度にたくさん借りるので)、必ず延長してもう2週間読んでから返す。そういうときも「ああ1ヶ月経ったな」と思う。この1ヶ月間ぼくは何をしただろうかと思い返す。何かをできたな、と思えたことがない。こうして虚無の時間を過ごしているうちに記憶は色褪せて全ての大事な出来事が不可逆的に決定していき熱意は1つずつ確実に冷めて、最期は死ぬということ僕の今までの全てが物語っている。嘘をつけ。物語などない。何もない。いいか、何もないんだぞ。世界に何かがあるということは一度もないんだ、と宣う人はこの世に存在するものの全てが認めたくないのだと思う。雑な話をした。

 

じゃなくて、今日は顔も知らない祖父の遺品整理をしていた。もう昨日の話になってしまった。日記が長くて書いてるうちに日付が変わってしまった。祖父はこの間亡くなったらしい。
祖父の家には色んなものがあった気がする。そこに本当に色んな物があったかは分からないが、少なくとも物はあった。本当に物があったかは分からないが、少なくとも遺品整理をしている僕と父と祖母には物があるように見えた。本当に彼らが物があるように見えていたかは分からないが、少なくとも彼らが物があるように振舞っているというように僕は認識できた。
祖父の話をしよう。僕はおしゃべりだ。今日の日記は長い。分割して書くべきだろうが、そんなことはしない。

 

祖父は僕の父親の父だ。というのも祖父と呼ぶべき人物が他にもいて、祖母の再婚相手の男性のことを祖父なのだと子供の頃は思っていた。それから叔父さん叔母さんの父親も、僕の父親の父とは違うらしい。祖母の再婚相手の人は僕が小2の頃に脳梗塞で亡くなった。この間亡くなった祖父も脳梗塞を患っていたらしい。脳の病気は怖い。スズメバチや犬よりも怖い。
祖父は祖母と離婚してからは何十年も連絡をとってなかったらしい。父も祖父には会ってない。しかし十数年前からは偶然にも実家から歩いて行けるほど近いところに位置するマンションの5階に住んでいたらしい。奇遇だなと思う。そのマンションに住み始めた頃には祖父は既に脳梗塞によって歩行困難になっていたらしい。祖母が言うには、祖父は仮に息子や孫と会えたとしても自分が病気で苦しんでるような姿を見せるくらいなら会わないことを選ぶような人物だったらしい。僕も同じ境遇ならそうすると思った。でも単に祖父が祖母や父に興味がなかった場合もある。

 

祖父の遺品は面白いものが多かったので、遺品整理は面白かった。例えば日本の綺麗な鳥の写真集があった。僕は鳥が好きなので家に持ち帰ることにした。それから小笠原の写真集があった。祖父は小笠原に住んでいた人間らしい。小笠原の写真集には手紙が挟まっていた。2012年に、日吉にキャンパスがある大学に在学している女性から贈られた手紙だった。どうやら祖父とその女子大生は小笠原で知り合ったらしかった。女子大生の方は小笠原の海の絵を描いて、それに添えた手紙のようだった。きっとこの女子大生のほうが、僕よりも祖父の人生に詳しいと思った。僕は祖父の年齢も顔も知らない。
それからアルコールのウェットティッシュや、粘着ローラーの替え玉、ティッシュペーパーの貯蓄などがあった。この辺は僕も頻繁に使う(本当に頻繁に使う)ので貰えるのは嬉しかった。あとはジャズのCDが大量にあった。服は冬物の服がかなり多かった。クリーニングに出したあと着た形跡のないスーツがたくさんあった。デザインが若者向けではないが、スラックスは裾を下ろせば履けそうだった。ジャケットは肩周りが気持ち狭いが着れないこともないと思った。まあ多分着ないだろう。
ベランダには植物の植木鉢が並んでいた。植物が好きなのかな。僕も植物は好きだ。好きだったが、一度買ってみたときにみんな枯らしてしまったので二度は買わないことにした。でもいつかサギソウとか買ってみたいな。ラン科の植物が好きなんだ。(ラン科といっても非常にたくさんあるけれど) 植物園に行ったときとかに温室にたくさんのラン科が並んでるブースを見ると非常に楽しくなる。記憶に新しいのは神代植物公園と、新宿御苑の植物園だ。新宿御苑の植物園にあるランの花は良かった。後期試験をサボって見に行った甲斐があった。子供の頃に祖母にランの展覧会に連れて行って貰ったことがある。小学校に行く前のことかな。サギソウを生で見たのはその時が最初だったような気がする。それ以前から見たことがあったような気もする。とにかく僕はランが好きだ。話が脱線した。祖父のベランダにある植物は残念ながら全て枯れていた。祖父が入院しているうちに枯れてしまったのだろう。玄関にあった植木鉢だけが生き残っていたので、祖母はかわいそうだからと植木鉢を持ち帰った。僕は荷物になるからやめたら良いのにと思った。祖母もランが好きだが、ランを含めて植物全般が好きでサボテンなんかもたくさん育てている。僕は植物は好きだけど育てるコストをかけてまで身近に置きたいと思えるのはランと苔と食虫植物くらいしかないかなあ。また話が逸れた。
冷蔵庫には未開封のハーゲンダッツのバニラ味が3つ残っていた。遺品整理に来た僕、父、祖母のちょうど3人分だったので休憩として食べた。見知らぬ家の不明な汚れてるスプーンを使いたくなかったので僕はスプーンを使わずに齧って食べた。カップのアイスをスプーンを使わずに食べるのは難しかった。野菜生活100の箱買いなどもあった。野菜ジュースは好きなので持ち帰った。それからアダルトビデオなども発見した。元に戻した。ガラスの中に正多面体が埋め込まれている飾り物なども見つけた。使い道はないと思ったが、理系っぽいインテリアとして僕の部屋に置いておくのも悪くないと思ったので持ち帰った。ロト7の宝くじ3枚を見つけた。2100円当たっていたので換金した。
日本の城や世界遺産を特集したDVDたちも見つけた。父が持ち帰った。銀行の通帳を見つけた。それからカード入れを見つけた。カード入れにはバスの乗車券の他にテレホンカードとメトロカードがあった。調べたところメトロカードはもう使えないが、2018年までに換金すれば1000円になるらしい。保存してコレクターに売るべきか(コレクターいるのか?)換金するべきか悩んでいるが、状態がそんなに良くないので換金したほうが良さそうな気がする。
未使用の靴がたくさんあった。革靴とか雪国用の靴とか。それらはメルカリで売ることにした。祖父の家で見つけたものは、このくらいかな。9月中は祖父の部屋は借りてるままらしい。


メルカリと言えば昨日は出品したまま放置していた靴が売れていて1ヶ月くらい見てなかったので驚きながら発送した。メルカリの発送はファミリーマートから簡単にできるのだが、こういった操作も覚えさせられる店員さんは大変だなと思う。メルカリには久しく触れてなかった。あるブランドで数年前にワンシーズン販売された特定の欲しい服などがあるときは、それが出品されてないかメルカリに粘着してチェックするのだが、そういうものがないときは全く見ない。見てない期間に限って欲しい服が出ている。そういう好機を逃したとき、僕はあまり悔しがることがない気がする。なんとなく、チャンスを逃しても「おや、そうか」で済むことが多い。千載一遇のチャンスであっても、かけがえのない何やらを失くしたとかでもそうだ。時間が一過性のものである以上、機会を逃したら次を待つか、狙うのをやめるか、チャンスを無理やり作るかの3つしかない。悔しがるというのはこの3つの選択肢のうちどれにも向いてない行動だと思うし、無駄に感情を使っていると疲れる。感情はもっと鎌倉で木造建築のスターバックスを見つけたときとかに使うべきだ。でも、こうやってすぐに気持ちの切り替えができることは良くないことだと僕は思う。悔しがることをあまりしないのは、執着や熱意がないのと同じで、強い熱意のない人間は何もできないと思う。熱意が欲しい。もし家の周りにオオスカシバが100匹飛んでいたら、きっと毎日やる気が出ただろう。僕はオオスカシバが好きだ、好きだ。今日もオオスカシバを眺めてやろうという気持ちになれただろう。僕はオオスカシバが好きだ。僕に熱意がないのはきっと庭に100匹のオオスカシバが飛んでないからなのだ。きっとそうだ。オオスカシバが飛んでいれば、僕は、きっと幸せで、生きていたはずだ。
昔の僕はもう少し貪欲で、世界の全てを征服してやろうというくらいの気持ちがあった気がする。今もあるかもしれない、昔ほどではないが。当時は何となく感情の無駄遣いをしない人間になろうと思っていた気がする。少しずつ感情の無駄遣いをしないように変わっていった気がするのだが、何かに失敗したらしく自殺や死ばかりを考える人間になってしまった。昔は全てに過敏な人間だった気がする。今もそうかもしれない。感情の振れ幅を抑えたくて、悔しいとか怒るとか悲しいとか虚しいとか期待するとか、そういうことをしないようにしていたら、何も思えない人間になってしまった。希薄になってしまった気がする。気持ちが希薄な人間は生きていけない。熱意のない人間は生きることができない。それが無い人間は、生活の全てが苦痛を伴うだけのコストだなあと思うだけになる。今はすでにそうなっている。食事が楽しめない。胃と腸を動かして生命を維持するためにお金を払って食材を買って料理して食べて食器を洗って、という一連の作業がこれ以上なく苦痛だ。お風呂に入って髪を2回シャンプーして1回リンスして洗い流して、身体に付着したリンスも洗い流して、という作業だって苦痛だ。息を吸って吐いてを毎秒繰り返すのだって、僕に生きたいと思わせる強い気持ちがないのならそれらは全部苦痛でしかない、と思えてくる。思っている。これをどうにかしないと僕は死んでしまう。死んだほうがいいと思いながら、死んだらマズイという気もする。死んだほうがいいと思える理由はだいぶ分かってきたのだが、死んだらマズイと思える理由はまだあんまり分かってない。死んだら数学ができないから、というのはありそうだ。それと少なくとも生殖や扇風機がその理由ではなさそうだということも分かっている。
自明だが僕に何も感情がないわけではない、何も感情がなかったらブログなど書いてない。残りものの感情は確かにあって、生きるためにはそれを手掛かりに僕は強い気持ちを取り戻していかないといけない。
何もしたくない僕が本当は何をして喜び、何をしたいと思っているのか、なるべく早くそれを見つけなければいけない。でなければ死んでしまう。死んでしまうなんて物騒なことばかり言ってしまった。良くないことなのであまり言いたくないが、事実なので言おうと思った。
それとフォロワーの友人が自殺したという話を聞いて、自殺に関するツイートをしないようにしようとも思っていたのだが、そもそも僕はツイッターのIDにsuicideが含まれるので、僕がツイートすること自体が自殺者遺族にとって重圧だというのも正しいと思った。世の中は正しいことが一杯ある。正しいことは良いことだ。そういえば僕は数年前から東大受験総合というスレを見ていてそれで出願期間とか受験の情報を得ていたのだけれど今年は発足しないのかなあ。そろそろ立てられるかなあ。


はやく俺に強い気持ちを与えてくれと思っている。物事に意味があると思えるような、強い気持ちを沸かせてくれる何かを探している。どうやらここにはそれは無さそうなので、この辺で終わらせたい。なんかの漫画で今までの人生の全てを捧げてきた目的を失ってしまったキャラクターが、その空虚な気持ちをどうしようと途方に暮れているときに、「大きな喪失と空虚な気持ちはこれからの新しい生き方見つけるためにある。その間お前を俺が支える」みたいなプロポーズをされて話が終わったのを見た。なるほどなあと思った。

20178月26日 生活

よし起きようと思うと15時になってる、

 

言語をする。思惑に気付いてないフリをすることを相手を傷つけたくからと言い訳をするけれど本当は人からの好意に浸っていたいだけで、
慕われるのを嬉しいけれど困ると思うのは自分は期待に応えられるような人間じゃないし、
僕は一年中かけ布団が1枚。不変量。

 

と考えてるしコンビニでコーヒーを買うところから1日が始まる。(始まってない)

 

朝ごはんを作るのは本当に億劫で、
でも食べるなら出来立てが良いから作り置きは論外で、
昨日の深夜に食べた270円のティラミスは甘ったるくて吐きそうだった、
ぼんやりツイッターしてると時間がなくなって朝食を抜いてしまう。
靴が汚れたから洗って干したらかかとが潰れてしまったし、
低血糖ですごくぼんやりする。行動のパフォーマンスが低くなる。

 

コンビニでお弁当を買うときに月曜日ならジャンプとヤンマガとスピリッツを立ち読みするし、木曜日ならヤンジャンを立ち読みする。

お弁当を温めてる時間は店員とは会話しないけど、
店員の顔はもう全員覚えてしまったし、
なんだかこう言うの昔にもあったなと思うのは、
たぶん高校の頃のクラスメイトのことかな。
帰り道に思い出したようにジャンプ+でファイアパンチを読む。

 

手を洗わずにはいられないのと,僕は水をたくさん飲むので(エビアンの750mLが134円で買えるのは驚きだしそれを飲む。硬水の方が美味しい)


お手洗いがあるとすぐに入ってしまう。

(もし僕の手が汚れていたとして、汚れた手で世界に触れて僕が汚しまわっているのかもしれないと考えると手を洗わずにはいられない)

公衆トイレに罠を仕掛けたらおそらく僕が捕獲できる。

 

上を見上げると大きな路線図のように空を走っている黒い線たちの名前が電線と言うらしいことを伝えたのは僕の父親で、僕はきっと5歳とかで、
iPhoneを握る度に人類はここまでやって来たと思うし、

もし人間の主流な交通方法として自動車が引退して新しい乗り物が出てきたら,この太い道路を走る車たちはいなくなるので,
道路は何の土地になるのだろう?
田んぼか畑でも出来たらいいと思う。

 

地球は曲面で多様体として捉えられるので鳥の滑らかな運動を微分したい。

 

ということで無意味な作業を何時間もしていると本当に変だなと思う。(本当に変だ)

 

未来に対しては曖昧な返事をしていないと全部が停止してしまいます。

 

人間関係Aと人間関係Bがあって,準同型。

 

敬語を使って話さないと行けない30歳年上の男性は本当に視野の狭いことを言っているし、
街中の鳩はたくさんいるし絶対に触りたくないし(病原菌がたくさんあるので)、

 

テレビ見たりしてると「こんなものは社会では認められない」とよく言ってくるし(口癖だ)、
こういう人間が沢山いる生きづらい世の中に自分もいるのだと思うと,気が引き締まってくるな(強がりだ)
イライラする感情はどこかに忘れた気がする。(たまにイライラすると冷静でやく攻撃的な感情を持っている自分に失意と落胆を覚える。人間は機械にはなれないし、イライラくらいした方が健康なのに俺は何がしたいのだろう)

 

夏が終わりかけて死にかけているセミが地面でバタバタしているのは大変に見苦しく、
まあそのうちカラスかネコが無邪気に攫ってくと思うのですが(あるいは子供かな)

公園は何故かガソリンの匂いするし(何故か)(変だ)、
自宅の水槽でヒメタニシは錆びた青銅のような殻を背負ってアクリルの壁を這っているので(アクリルじゃなくてガラスだっけ?)、

いつだったか別に好きでもない女とセックスしたときに僕の首に絡んできた腕の重さも汗も体温も吐息も甘い声も振り払いたかった。

 

車の走行が響くトンネルの中を自転車で通過するときはイヤホンの音量を上げないと何も聞こえなくなる。

 

(ちなみに犬は汗を垂らす代わりに長い舌からよだれを垂らします)

 

(犬の牙を覗くと,肉食獣だなあと思います)

 

(夜、坂道の住宅街でシャワーとかの生活排水がマンホールの下で流れているのは、清流の音を思い出して好きです)

 

(川はいい。森もいい。古い木造建築のお寺や神社だっていい。うるさい人がいないのもいい。)

 

(僕は起きるのが遅いからすぐに夜になる)

 

(無意味な作業から解放されて部屋で数学をしていると本当に生きた心地がする)

 

(数学をしていると生きた心地がする)

 

(丸善出版シュプリンガーが黄色い表紙多いので数学書は黄色いものが多い気がした)

 

夜の噴水と公園に幾何学的でぐにゃぐにゃとした曲線を描く立体アート構造物は変で、
この公園は夜になるとここでよく中高生が溜まってて警察が来るので、
酎ハイの空き缶があるのは未成年飲酒かそれとも大人がここで飲んでて、大人がここで飲むの?居酒屋か家に行けばいいのに。金のない大人なのかな。

海があるとミズクラゲを思い出すけれど、
あの水族館で僕は4回クラゲを見て、
4回とも違う人と行った。

 

鈴虫は見た目の割に綺麗な鳴き声をしているけれど,1.5m水槽を銀色のウロコで光を反射しながらゆったりと泳ぐアロワナのギョロ目に捕らわれて食われたしまった。

 

楕円曲線は構造が豊かだし,Q上楕円曲線が有限生成なアーベル群になるのは池をゆうゆうと錦鯉が泳ぐ様子に似ている。赤と黒と白がちらと見える。

言語、
解析接続したL関数のs=1の位数が,楕円曲線の生成元の位数に一致するのは,水族館で見たpirarucuのでかいウロコのような不思議さがある。


リーマン面として捉えた解空間がトーラスになり種数1であることは,水の底にいるポリプテルスが動かないのを見ているような気がする。

言語、

机の中にポストカード入れがあって、何年もの年賀状を入れて厚くなっていて、
返さないから送らなくていいと言っても毎年送ってくる人間が1人以上いる。
複素関数は人間にとって扱い勝手がいいから。

 

背鰭,ぎざぎざとした

感情がある。

 

パソコンは部屋を厚くするばかりで動きを進めないし、
折れた道路標識が建て直すまでずっと折れたままなのだと考えると少しキュートだと思う。


基本的に僕は人を騙してるだけなので、
あなたが思うほど優れな一面はないし、
とかいうことを言っていても面倒だと思われるだけで言えないし、
ここに書いてるのも面倒だと思われるのは仕方ない。

 

世界を面白いと思える才能もないし,物事に意味を与える強い気持ちもない。

思考ばかりしてしまうので,曖昧にならないといけないと焦っている。曖昧にならないと生きられないから,思考を止めたくて焦っている。

 

代数的サイクルとエタールコホモロジーできますか?


ご飯を作るのも面倒だし食べるのも嫌だし食事にお金かけたくないし、
大体あんなことに熱意を注いでる人間みんな頭がおかしくなってしまったとしか思えないし、
でも初詣の寒さと淡い灯りと鳥居の薄赤さと長い階段とコートを着ている君は、

 

風呂に入るのは時間がかかるからシャワーを浴びるだけだけれど、

「温泉って水が熱いだけなのにコストかかり過ぎだなあ」とか言ってるわりには期待してるのは簡単に見抜かれた。

 

シャワーでもずっとスマホをいじってるしぼーっとしているから結局長くなる。
髪を乾かすときもスマホをいじっている。
(僕は歯を磨くのが長い)

 

電気を消した部屋でYouTubeの自動再生を続けるパソコンの明かりを頼りにLINE通話をしていると愚か度が上がっていく


碁を打ち返すようにLINEの返事をして人間関係が続いていくだけ。
キスをするときですらしっかりしてる君は寝る前だけ甘えた声になる。
でも今日は

 

いや、違うか。

眠剤を貰う金はないし、眠れないけど、新聞配達もとっくに終わって、空が青くなり始めた頃に、目覚めた鳥の声をうるさいなと思ってたら、全身はだるいけど脳だけ言語だけ高速で回転してて、意識が途切れてたから、また昼間から1日が始まった。

2017年8月21日 最近聴いてる曲 前半

Twitterでオススメの曲を1曲ずつツイートしていくよりもブログで全部バッと書いちゃった方が連続ポストしないで済むなと思い,今日は最近気に入ってる曲を紹介することにしました。軽く感想を書きます。なんか紹介したい曲めっちゃあるので前編と後編に分けることにしました。後編はEDMメインに書くことにします。順番はオススメ順ということではなく適当です。


Gabriel Fauré - Sicilienne

https://m.youtube.com/watch?v=U5Y0uQLgriA

フォーレのシシリエンヌです。儚い感じが良いですよね。
ちなみにこれを聞き出したのはこのツイートを見て再びハマりだしたからです。
https://twitter.com/rsn_str/status/898867106938142721

 

僕がこの曲を初めて聴いたのはアニメ『氷菓』だったと思います。氷菓で使われてるクラシックはどれも好きです。バッハの無伴奏チェロ組曲 第1番とか。氷菓のbgmはなんか頭が冴える気がするんですよね。

アニメ氷菓を初めて見たときは登場人物がみんなオタクっぽい喋り方をするので「うわキモっ」となり3話で断念した記憶があります。それから暫くしてもう一度最初から見たときに,話の構成が大分しっかりしているところや日常の描写の良さ,背景の綺麗さ,綺麗なものだけでなく世界にありふれた物たちもきちんと描いている真面目さ,そして推理小説としての完成度の高さと,それを交えながらの主人公たちの成長の仕方の描写の上手さに気付いてそのまま全話見てしまいました。喋り方がオタクっぽいのは最後まで変わらなかったが。
アニメを見て続きが気になったので原作の古典部シリーズを全て買い,つまり『氷菓』,『愚者のエンドロール』,『クドリャフカの順番』,『遠回りする雛』,『ふたりの距離の概算』も購入して読みました。やはり推理小説としての完成度の高さと,日常の描写の良さ,それから主人公たちの成長の書き方が良いです。個人的には『愚者のエンドロール』が単体として推理小説として読み応えがあり,好きな話が一番多いのは『遠回りする雛』です。(折木と千反田がいちゃいちゃしてるので)


そして去年の11月だったか12月に新刊『いまさら翼といわれても』が出て,センター試験を気にせずに読みました。センター試験は死にました。古典部シリーズの続編が出るのは5年ぶりだったかくらいしたらしいです。内容はとても良かったです。折木と千反田結婚しろと思いました。(結婚しろ)

ということでアニメ『氷菓』及びその原作古典部シリーズはオススメです。


ぬゆり - 命ばっかり / Flower・結月ゆかり
https://m.youtube.com/watch?v=YDnZFwlZa1g

 

今のところの今年のボカロで一番しっくりきました。砂の惑星よりも聞いてます。流れてくような聞きやすいギターも良いし,何より歌詞が一番良いです。ただギターのコードが単調で聞き飽きる感じはある。今人気のアボガド6が手がける映像も良いです。

先日ぼくはTwitterでこんなことを言いました。
「歌詞付きの音楽が楽しいのって歌詞として完成してある言葉やストーリーに自分を投影して,音楽の形で代弁させることに楽しさを感じてるからだと思うのだけれど,僕は自分の感情表現や自分の過去を他人に作られたものに身を任せるのが気持ち悪いと思うことが多くて肌に合わない。」これは普通に嘘で歌詞が良い曲は最高です。歌詞を見ろ。これは僕たちのことだ。


ASA-CHANG&巡礼 - 告白 (Official Music Video)
https://m.youtube.com/watch?v=wu2zarfTTZA

カリフォルニアから遊びに来た友人に勧められた曲です。彼はこの曲をみんなに紹介して回っているそうです。エッジの効きすぎている音楽,映像,歌詞,声全てに強い衝撃を受けました。DOPEです。オススメです。

 

まらしぃ - 「シャルル」を弾いてみた
https://m.youtube.com/watch?v=ikU7C8TMiiw

シャルルは歌詞が好きでずっと聞いているのですが,なかなか曲調に飽きて来た感じがあり(特にギターの特徴的な感じが聞き慣れてしまった),そんなところへピアノカバーが来たので飛びつきました。良いです。

 

椎名もた - 少女A
https://m.youtube.com/watch?v=AqI97zHMoQw

これは全てが良くて,全てが良いです。耳に残る曲も良いし,歌詞が本当に良い。
少し女子中学生ウケみたいな感じはあるけれど。
「契り集め持ってきた 契り集め持ってきた
あの日の間違いを 飲み込むのが苦るしくて
朽ちるまでの愛憎を 朽ちるまでの愛憎を
飲み込む君 簡単に 微笑む君 どうして」
という歌詞が一番好きです。


僕たちの全ては一過性のものだけれど,過去に残した失敗を消すことはできなく,半恒久的に残ります。過去の失敗を認めて良い根拠なんてどこにも無いのですが,人は自分を責め続けることに耐えられないので,過去の失敗を後付けの理由を作って許し,反省をやめて全てを忘れ,飲み込み消化することをします。人はみんな生殖のパレードの中にいて,雰囲気と踊りに身を任せ,全てを曖昧にしたいと思っているのです。


nuito - unutella (full album)
https://m.youtube.com/watch?v=Kvn43iSvO74

マスロック好きです。people in the boxとかthe cabsとか。nuitoは気持ちのいい音をたくさん作ってる感じが好きです。このアルバムは本当に気持ちのいい34分間で,聴いてるとすぐに全てがぱらぱらとほつれて崩壊し,糸に収束して再生を繰り返すのでオススメです。ぱらぱらと崩壊するので

 

余談なのですがiPhone7に変えてから指紋認証ができるようになりました。これすごく便利で,指紋認証って時間かかるのかと思ってたらそんなこともなく一瞬でロック解除できるので良いです。iPhoneは本当にすごい。人類もなかなかやる。

iPhone7の指紋認証は両手の親指と,左手の薬指を登録しました。左手の薬指は普段使わないのでこういうときに主役にしてあげようと思いました。

ちなみにiPhone7に買い替えたのは今まで使ってたiPhone5が壊れたからで,5が壊れたのはアルコールティッシュで画面を掃除するのを面倒くさがって水で洗ったからです。最初は修理にしようかなと思ったけれど(バックアップしてないしデータを失いたくないので),人生は一過性のもので全てのデータは僕が記憶してるのでやめました。それからアルコールティッシュを常備することにしました。

みきとP - クノイチでも恋がしたい
https://m.youtube.com/watch?v=RCLUalvi2Uo

友達から横槍メンゴクズの本懐の最終巻を借りて読んだのですが,そのときに横槍メンゴのイラスト集も借りて,そこでみきとPの『僕は初音ミクとキスをした』のイラストを描いているのが横槍メンゴだと知り,そのままみきとPの曲を漁っていたらこれにたどり着きました。歌詞はともかくギターがバカみたいにかっこいい。

 

黒魔 - はつこい
https://soundcloud.com/c-h-r-o-m-a/chroma-2

黒魔の曲は『星の降る街』がいちばん好きだけれど,この曲はよく寝れるのでいつも聞いているので紹介しました。妹に聞かせたらジブリっぽいと言いました。
どうでもいいのですが,私は会話で「あ、そう」という相槌をよくしていたら祖母から「昭和天皇かよ」というツッコミを受けたことがあります。

 

Yunomi - ロボティックガール (feat. Nicamoq) (Snail's House Remix)
https://soundcloud.com/ujico/roboticgirl

最初は電波系ソングだと思って聞いたら普通に歌詞が良くて聞き入った曲です。sound cloudのlike欄を整理してたら掘り返してハマり出しました。Yunomiはかわいい声のボーカルを使ってる割には思い歌詞を書くのでギャップを感じます。
この曲は
「浮気しても内緒ならOK
他人の痛みなんて透明
傷付かないための防衛
何が愛なんだい、薄利多売だ」
という歌詞から始まって、全然ロボティックガール感がなくて驚きます。恋愛ソングかよって。
原曲よりSnail's HouseのRemixが好きで,彼の曲はシンセ音がマジで最高なのでみんな聞いてくれ。後編でもっと紹介します。


Fellsius - PK Camera !!!!
https://soundcloud.com/fellsius/ol-ly-go-on
クソかっこいいです。リズミカルな曲調とチップチューンな音が気持ちいいです。途切れ途切れに入ってくるボーカルの使い方が上手くてリズム感が本当に気持ちいい。ゴージャスなシンセも気持ちいいし,ドラムや間奏で入るピアノの音も本当に良くて,こんなに贅沢な3分間は他にない。これも音雲のlikeを整理してたら掘り返しました。

 

弾き語りのたま - IbのBGMが神曲だったので弾いてみた
https://m.youtube.com/watch?v=-4B-PCzk01o
最近というよりずっと聞いてます。私の一日はこの曲を聴きながらセブンイレブンで売ってる149円のカフェモカを聞くところから始まるので。これを聞くと今日は死なないようにしよう,という気持ちが2mgくらい増えます。

 

nightingale
https://soundcloud.com/coral422/coralmines-nightingale-original

初音ミクが小鳥のように囀っている曲です。

 

nightingaleは夜に鳴く鳥だからこの名前になったらしいですね。僕たちも夜になると泣き始めるのでナイチンゲールなのかもしれないとよく思います。

 

 

2017年7月22日 もちもち

夏休みが始まったということを知ったのは妹たちが平日なのに家でダラダラしてるからだった。もちもち。

 

夏休みといってもやることのないもちもち僕には、もちもちもち何が良いことがあるわけでもなくもち、ただ暑いだけでいつも通りなのだけれど。もちもち。

 

ということで夏を有意義にもちもち過ごすべく、もちもちもちもちもちもちツイッターをなるべくもちもち控えることにもちもちもちした。

 

この日差しのもとでは何をしていてもだらってしてしまうのだから、普段以上に気を引き締めてもちもちやっていかないと、全てがだらっとしたもちもちもちもちになってしまもちもちもちもちもちもち

 

もちもち。夏に耐えてまでやるべき事がもちもち何なのかは知らないけれど。まあ信玄餅食べて本読んで、もちもち。と数学とかもちもち労働とかをすれば良いのではないだろうか。もちもち。もちもち。

 

ということでツイッターを控えて、部屋に入った蚊を殺し、金魚に水をやり、誰かと出かけて、日傘で相合もちもち全身がもちもちともちもちともちもちと溶けて、もちもちとした透明な信玄餅にならないように気をつけよう、もちもちもちもちもちもちもちもちもちもちもちもち

2017年7月11日 鎌倉に行った(修正版2)

ブログを書けと言われたので書く。といっても特にやったことはない。人生で私が何かをしたことは一度もない。

 

一昨日は現実から逃げて鎌倉へ行った。今年になってから3回目だ。鎌倉は良いところだ。何度でも行きたい。ただ紫陽花が見れなかったのは少し残念だった。けれど来年があるのだから、もし僕が来年まで生きていて、かつ鎌倉が存在していたならばその時は行きたい。

 

それから12月になると紅葉で明月院の本殿後庭園という場所が公開されるので、冬に観に行くのも良いと思う。

 

今回は円覚寺明月院、佐助稲荷神社、報国寺の4箇所を回った。iPhoneのカメラが壊れてるから写真は全てiPadで撮ったのだがそれをまだiPhoneに移し終えてない。一応いくつか貼っておこう。写真にいるのは友人で、許可なく乗せている。怒られたら消します。

 

円覚寺 黄梅院

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円覚寺の最深部。行けば分かるが、ここはまさに隠された箱庭だった。

 

明月院

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ここは紫陽花の時期ならば石段の左右に青い紫陽花の花があった。まさに両手に花ですね。

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ウサギと亀

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人間
紫陽花が剪定されてしまっていて残念だった。園内はほとんど紫陽花が植えられているので開花時期に入れればきれいだったろう。2週間前にも北鎌倉に行ったのだけれど、そのときは待機 2時間待ちでの入園だったので断念した。月とウサギということなのだろうか、明月院のなかには生きてる白いウサギがいた。

 

佐助稲荷神社

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連なる鳥居

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たくさんの稲荷様

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苔と稲荷。ペアの片方が落ちて割れているから3体ペアになっている。

 

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葉のみどり色が気持ちいい

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古い祠

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本殿

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佐助稲荷に行くのは今年3度目だ。鎌倉はそんなに近い場所ではないから消して気軽に行けるというわけではない。もしかしたら僕は狐に取り憑かれてるのかもしれない。

 

報国寺
まだ写真をiPhoneに移してない

 

なんだか私は苔、小さな川、竹、木造建築、石段、頭上の木々、鳥の鳴き声などそういったもの囲まれていると落ち着くということがわかった。都会の喧騒から逃げたくなったら何度でも鎌倉に行こう。昔の人たちが別荘として造った、隠れ家的な箱庭に足を運ぶと、いつまでもそこで落ち着いて数学書でも読みたくなってしまうのだけれど大概はそこで数学を読むことは許されていないのが残念だ。

 

今日の話。今日は数学をやってただけだった。夏には友達と遊ぶ約束がいくつかあるのだけれどお金の用意を全くしていない。稼がなければいけないな。

 

月がきれいだね。最近ずっと月がきれいだ。何故だろう。

 

こうして毎日勉強したり、遊んだり、お金を稼いだりしていると、まるで普通の生存を享受している人間みたいだな。

 

僕は生存なんてちっとも享受したくない。全ての幸せは、ただ生存に適応した脳がそう思わせているだけだ。生きてる時間は全て無駄だ。生きてる上での労力も、生命維持も全て無駄だ。疲れるだけだから早くやめたほうがいい。生存は早くやめられるに越したことはない。生存が全て悪い。生存をやめろ。お前のそのくだらない執着をやめろ。人間関係なんてくだらないものに左右されるのをやめろ。生殖なんてくだらないものを美化するのはやめろ。人の内臓に、人の体を入れて、粘液がぬるぬるして、楽しいわけがないだろう。将来の夢に向かって何時間も費やすのをやめろ。労働して稼いだ金で遊ぶのをやめろ。布団の中で意識を失うことを心地よいと思い込むのをやめろ。他人を信じるのをやめろ。ただ空気が振動しているだけのことに魅力を感じるのをやめろ。活字が並んで物語を作り上げることに魅力を感じるのをやめろ。人間を美しいと思うのをやめろ。植物を愛でるのをやめろ。生き物の死骸を加工して食べることに魅力を感じるのをやめろ。全てに意味はない、命と時間を大事にして生存をやめろ。

 

今日の話をしてなかった。今日は勉強したあとに、横浜駅の東口にある浜虎というラーメン屋さんがリニューアルしたので友人と食べに行った。新メニューの味噌ラーメンと、あさりスープの2つがたいへん美味しかったので、明日にでもまた食べに行きたい。そのあとヨドバシでヘッドホンを試聴した。音がすごく気持ちよくて、ヘッドホンなしで音楽聴くのは馬鹿らしくなってしまった。3万円は高いけれど頑張って買ってみよう。みんな1度使ってみれば分かるよ。ヘッドホンは本当にすごい。もし違いなんてないと思うのなら君は安いイヤホンで音楽を聴くのに向いてるから恵まれている。

 

みなさん、品性をもって賢く生きましょう。

 

加筆:浜虎は味噌ラーメンがオススメです(画像は醤ラーメン)

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