読む毒

イヌ

ヒアリ

皆さんがブログを書いているので僕も書くことにした。しかし、何も書くことがない。これから書くことを考えることにする。

 

電車が来るまで3分くらい考えてみたが、やはり何も書くことは思いつかなかった。近況について、思い出せることから書いてみよう。

受験が終わった気がする。しかしこれはどうでも良い。

 

ペットボトル飲料のほうじ茶ラテが街から消えた。まず、セブンイレブンの棚から、その次に、自販機から消え去った。春になって暖かくなり、季節的に需要がなくなったからなのか、味が悪いことが周知とされたのか分からない。僕は、ほうじ茶ラテに関しては特許を取得するべきだと思うほど絶賛していたが……

 

今年の冬(去年の冬でもあるだろう)は、ほうじ茶ラテにゾッコンだったが、それだけでなく板チョコレートもよく食べていた気がする。

自分は食欲が慢性的にないので、よほど気に入ったものでなければ積極的に食べようとは思えない。しかし食事を続けなければ我々は死ぬので、生命維持の為の食事の機会というものが何度でもやってくる。そういうときは心を無にして味覚を意識から遮断し、これは作業だと思って、とにかく口に入れて噛んで水で流している。野生動物みたいで、品が悪い。だから僕が食事をしているところをあまり見られたくない、という気持ちがある。

何を話したかったかというと、僕が一時期に同じような飲み物、お菓子、料理にハマるのは、このような強い偏食傾向が由来している。コンビニに食料を求めて入ると、たくさんの既製品の食料に圧倒されて、自分はどれを食べれば良いのか、ということが全く分からなくなる。このような症状は自覚する限り中学生の頃からあった。(中学生の頃には塾の都合でコンビニで夕食を買う習性が出来ていた。)

そうすると、偏食の仕組みに合わせて、何か一つ、決まり切った商品を迷いなく選ぶことを続ける、ということが時間を失わないための良い手段となる。

このように、自分は同じものを買い続ける、それがなくなると何を買えばいいのか選べなくて困る、という性質があるので、街からほうじ茶ラテが消えたのはかなりショックだった。温かい飲み物が飲みたいときに毎回迷わなくてはならなくなった。

まあそれも今日の気温の感じだと温かい飲み物を飲みたくなる機会は減りそうだし、次の冬まではもう問題がないのかもしれないが……

 

区役所で書類をたくさん発行した。近くにチューリップがたくさん植えられている公園があり、チューリップが良かった。肉厚な植物を見ているのは楽しい。ランとか特に好きだ。

チューリップを見ているとなぜか美味しそうだなあと思えてきたので、花びらを一枚かじってみたくなったが、たしか毒があったような気がしたのでやめた。

 

人間が生きていて、羨ましい、という気持ちを覚えるようになった。これはきっと大きな進歩だ。電車に乗るとたくさんの大人がスーツを着ている。道路にはたくさんの車が走っている。彼らは別に遊んでいるわけではない。生きるために仕事をして、お金を稼いでいるのだ。

朝起きて、毎日毎日働いて、夜に帰り、それで生きている。

街中でべったりとくっつきながら歩いている学生の男女がいる。

女の子がツイッターで恋人の話をしている。

気温が暖かくなると勝手に桜が開花する。

つい最近まで大人しく枯れていた紫陽花は、目を離した隙に葉を緑色に直している。

地面からオオクロアリが湧き出て、元気よく歩き回っている。彼らもまた遊んでいるわけではなく、食い扶持を得るために昆虫の死体などを探している。クモもいる。ゴキブリも出てきた。

子供たちが大学の新入生になる。スーツを買う。授業が始まる前から"お友達"のグループを作り出している。

人に恋愛の悩みが発生している。人に恋愛の欲求が発生している。

人が、執着心を見せたりしている。

落ち着いた夜のカフェがある。お酒を飲むためのお洒落なお店がある。肉を食べるための場所がある。電車が音を立てて走っているが、これも何となく走っているのではない。鉄道会社が運営して、仕事に向かう人々と、仕事から帰る人々を運んでいる。ペンペン草も、きっと伸びているだろう。

 

全てが僕にとっては遠い世界だと思う。自分は決してそれらになれない。強い隔たりを感じる。どこが違うのか、よく分からない。生きる力が、君たちにはある。僕にはない。僕は、自分はきっと明日死んでしまうだろう、と思っている、そこがダメなのかもしれない。生きてみたい。言葉というものを発してみたい。考えというものを持ってみたい。ツイッターを使ってみたい。はてブロに記事を投稿してみたい。本を読んでみたい。車というものに乗ってみたい。音楽を聞いてみたい。食事をしてみたい。恋愛をしてみたい。魚を見てみたい。川の水に触りたい。匂いのしない花でも、匂いをかいでみたい。大きな鳥の羽根に触ってみたい。トンネルに響く音を聞いてみたい。人の髪に触ってみたい。人の肩の関節の動きを見てみたい。他人が理解できる考えを持ってみたい。人間になってみたい。他人に共感をしてみたい。脳や顔面というものを持ってみたい。声を出してみたい。服というものを着てみたい。日差しというものに当たってみたい。信号が変わるのを待ってみたい。他人から影響を受け、他人に影響を与えてみたい。今日が始まって、今日を終えたい。

 

今まで一度も、どれもしたことがないだろう。きっとこれからも全てできない。