読む毒

8歳の女児です。東京大学理科1類を目指して浪人をすることになりました。このブログを読むとあなたの貴重な時間が消えます。

2017年3月28日 オムライス

自分のことが他人に知られるとき、まずは見た目から知られることが多い。
見た目というのは、他人から最も表面的かつ直感的に分析される要素だと思う。

(インターネットを介した出会いや変装、盲目などの要素を除いて)


個人の持つ性質全体を考えたとき、見た目というものがどれだけ大きな意義を持っていると思うかは人それぞれに任されているとは言え、そのような場面では知り合って間もない頃は、他人はあなたについて見た目などの表面的な情報でしかあなたのことを知ってないということは確かだ。

 

そんなわけで、見た目というのは人間を知る際に割と意義のあるトピックだと思うのだが、日本の文化圏のインターネットにおいて、具体的に2chにおいてはファッションに関しての話し合いは不毛を極めている。


そのことに関しては残念だなあという気持ちと、なぜファッションについて建設的な話し合いが出来ないのか?という疑問がある。後者の疑問に関しては一定の結論が出ているが、長くなるのでここでは書かない。

 

 

この分野に関して、にわかで浅知恵しかない僕が言うのも何だけど、最近のadidasのスニーカーの売り方はクソだなと思ってる。希少性を高めたスニーカー(yeezy boost 350とかnmdのbapeコラボとか)を売るのはまだわかるけど、それを安価にしたコピーを自分のブランドで売ってるのが理解できん。

 

いやyeezy自体は良いと思うけどね。crepe bootsとかかっこいいなと思う。

 

(自分も典型的なオタクらしい見た目をしているのであまり調子に乗ったことは言うべきじゃないのかも。インターネット-ファッション警察に晒し上げられてしまうかも)
(見た目によって人の言説の説得力が左右していては、人間もまだまだダメだなと思うけれど)

 

 

街を歩いていたら、並木の染井吉野がつぼみをつけ始めたことに気付いた。場所によっては咲き始めているかもしれない。

諸賢に今さら言う必要もないと思うけれど、染井吉野というのはみんながイメージする”普通の桜”として植えてある桜の品種だ。水彩画みたいな薄い桃色の花弁が5つで花が構成されてるやつ。

 

全国に散らばる染井吉野の成り立ちについては、これも皆知ってると思うけど一応ウィキペディアを引用して紹介する。

 

ソメイヨシノのゲノム構成はヘテロ結合性が高く、ソメイヨシノに結実した種子では同じゲノム構成の品種にはならない。各地にある樹はすべて人の手で接木などで増やしたものである。

 

自家不和合性が強い品種である。よってソメイヨシノ同士では結実の可能性に劣り、結果純粋にソメイヨシノを両親とする種子が発芽に至ることはない。このためソメイヨシノ同士の自然交配による純粋な子孫はありえない。

 

ソメイヨシノ以外のサクラとの間で交配することは可能であり、実をつけその種子が発芽することもあり、これはソメイヨシノとは別品種になる。

 

すべてのソメイヨシノは元をたどればかなり限られた数の原木につながり、それらのクローンといえる。これはすべてのソメイヨシノが一斉に咲き一斉に花を散らす理由になっているが、特定の病気に掛かりやすく環境変化に弱い理由ともなっている。”

 

噛み砕いて言えば、1つの桜(染井吉野)の枝を切って、その枝から木全体を再現したものが全国に植えられているというわけだ。

 

これを思い返す度に、すごく不気味な話だなあと思う。

 

僕が染井吉野だったら自分のクローンを日本中にばら撒かれるなんて絶対に嫌だと思ったろう。残念ながら染井吉野には口も抵抗する術も無かったので、今に至っているわけだけれど。


3月16日の新宿御苑では狂い咲きのソメイヨシノが1つあって、満開の桜の元に人々が集まっていた。

 

狂い咲きっていうのは嫌な呼び方だなと思う。自分のタイミングで咲いてるだけなのに、主流派の染井吉野たちの開花時期とズレてるから”狂い”なんて名前をつけられる。

みんなが狂い咲きの桜だったらどう思う?もっと早咲きとかそういう言い方にしてほしいと思わない?そうだよね。みんなもこれからは狂い咲きのことを早咲きとか遅咲きって言い方にしようよ。約束だよ。

 

 


狂い咲きの桜の下では、(結婚式に使うのだろうか、)記念写真を撮っている花嫁がいた。
知らないカップルを眺めながら、ウェデイングドレスのスカートはどうしてあんなに長いのだろうと思った。


白くて綺麗なスカートの裾が地面について引きずられて汚くなるのは、なんか嫌だと思わないのかな。
平安時代十二単もそうやって引きずっていたらしいし、華やかな女性が布を引きずりながら歩く姿フェチが昔の世界では流行っていたのだろう。

 

ここまで書いて、こんなくだらないことを言うのは僕が斜めに構えた人間になりたがってるからなのかあとか思い始めた。

”斜めに構えた人間”という表現はすごく便利だと思う。自分の基準が水平で、そこからズレた見方をする人間のことを全員”斜めに構えた人間”として笑うことができる。

 


今日の出来事の話をしてないな。何をしたっけ。思い出す。

 

 

風邪は続いている。ほとんど治ったが。

 

(ここから映画の感想なので読み飛ばすと良い)

朝食を食べながら、映画『ハーモニー』を最後まで見終わった。

小説とは全然違うな、というのが率直な感想。
原作の方が良いみたいなことを言って通ぶりたいのではなく、単純に映像の表現が小説で想定されてる世界に追いついてないと思った。特に街のデザインはひどかった。機械のデザインも小説の記述と全然ズレていた。
映像はキャラクターの会話シーンが8割なのだから、キャラクターの絵ももっとなんか良い感じにしてほしかった。ここは好みの問題か?

福祉社会日本の街に関して、誰の目にも優しく感じられるピンク色と曲線的デザインが小説で記述されてるのに対して、映画では近未来感を意識したゴツかったり圧迫感があったりする建物が多かった。

聞いた話によると、この映画は諸事情で公開予定が急に早まったらしい。それを知ると、仕方なのかなとも思えた。

良いところ、御冷ミァハの演技が良かった。
トーリーは百合に偏ってて、ちょっとびっくりした。女と女が絡み合ってることに驚いたのではなく、愛という原作ではあまり出てこなかった動機が映画ではラストシーンで全面的に出てきたからだ。
小説ハーモニーに関しては読み終わってから考えると疑問に思うことも多く、また映画によって新たに生まれた疑問もあるので、また読み直したい。

 

(あんまり書いてても仕方ない。感想はこれ終わり。)


昨日、フクロウカフェの前を通ったときに紐で繋がれたフクロウが飼い主らしき人に対して鳴いていた。
フクロウが鳴くのを初めて聞いた。
「ギェーーー」って感じで、なんか普通の鳥だなと思った。首を絞められたニワトリみたいな鳴き声。首を絞められたニワトリを僕は知らないけれど。


フクロウだし「ホーホー」って鳴いてほしかった。それはミミズクの鳴き方なんだっけ。

 

さらっと言ったけど家の近くにフクロウカフェがある。厳密には猛禽類カフェで、ワシやハヤブサなんかもいる。老人の一人称ではない。僕はまだそこへ入ったことはない。Twitterでカフェのアカウントを覗いてみたが、何人かの飼い主が何匹かの猛禽類を飼っていて、その人たちが集まってカフェを開いてるようだ(?)(間違っているかも)


これ以上のカフェの詳細は僕の住所にまつわる情報になるので言えない。


通販でパーカーを買った。着る服がなかった。zozotownでツケ払い。ツケ払いというのは問題を先送りにしているだけ。最近よく問題を先延ばしにするだけのことをしているので、自分には政治家のセンスがあるかもしれない。
通販で買ってサイズが合わなかったら嫌だなあと思う。

 

いまは輪るピングドラムが見たい。オススメです。

 

妹の友達が家に居候することになるかもしれない。両親が夜逃げしたのだとか。(これ書いちゃダメか?後で消すかも)


汝の隣人を助けることは良いことだと、ソクラテスだかブッダも言っていたらしいけれど、我が家の生態を考えれば、たとえその子が生活費を入れたとしても難しいものがある。
祖母は乗り気だったが、うちの家族の生態は他人と共同生活するのに適してない。生活習慣も全てが我が家以外の人間に適してない。生活が奇妙なバランスの上に成り立ってるから、ここに他人が馴染むのは無理だと思う。家の愚痴をここに書いていても仕方ない。やめる。

 

(1年間でいいので僕を養ってくれる方は随時募集中です。お小遣いは毎月7万円からで良いですよ。必要資格は特にありませんが、石油王などは適した職業ですね)

 

他に書く話はないな。勉強の進捗は生み出せなかった。ジョルダン細胞って知ってる?これ数学の言葉なんだぜ。

 

そういえば、けものフレンズの最終話がこれから放送するなあ。


人はけものフレンズの終焉に耐え切れるほど強い心を持っていなさそうだなと思う。ウェルテル効果みたいな感じで自殺者が出てもおかしくない。黙示録のラッパ。出来損ないどものファンファーレ。

意外と明日から僕の日記の更新が止まってみたり。

 

 

金曜日はミュシャ展に行くことになりそう。タイトルにオムライスとつけたのは特に意味はない。毎日”無”だと、無も疲れてくるかなと思った。終わり。